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平和的非暴力革命の陰には-----

Unassuming author helps write
history
控え目で謙虚な作家が新しい歴史を書く手助けをする(歴史の流れを変える)。

英原文のあるサイト:http://www.smh.com.au/world/unassuming-author-helps-write-history-20110218-1azlg.html

Sheryl Gay Stolberg
February 19, 2011

ボストン:  カイロのタハリール広場から地球を半分回ったボストンの労働者階級の居住区の取り散らかったポーチの在る見晴らしの良い家で或る老年のアメリカ人インタレクチュアルがセカセカト歩き回っている。
 彼の名はジーン シャープ。猫背で白髪の83歳で彼は蘭を栽培し未だインターネットの使い方を良く知らず危険な男だとは殆ど見えない。
然し世界中の暴君にとっては致死的に危険な男である。

 僅かなアメリカ人しかシャープの事を知らないが、然し何十年にも亘って彼の非暴力革命についての数々の著作--------其の中で最も特筆すべき著作は24ヶ国語に翻訳されている“独裁主義から民主主義へ”と言う93ページの専制的支配者を打倒するガイドブック---------はビルマ、ボスニア、エストニア、ザンビア、そして今チュニジアとエジプトを含めた世界中で反体制活動家にインスピレーションを与えてきた。
 エジプトの若者達の政治運動が失敗した2005年の試みからの回復に苦労している時期に其の運動の指導者達は政府を倒すと言う“気違い的なアイデア”を広めていたと指導的戦略家であるアフメッド-マーエルは語った。
彼等(エジプトの若者の民主主義運動グループ)はシャープが影響を与えたセルビアの民主主義反体制運動“Otpor”について研究していた時にシャープ(の著作、思想)に偶然出くわした。
 民主主義的活動家を養成する非暴力的中立的紛争の為のインターナショナル センター(のメンバーが)ワークショップを開く為数年前エジプトに潜入した時に広めた読み物の中に含まれていた物がシャープの198種類の非暴力的行動の方法であった。
 其のワークショップに参加し後に其れと同じ様な自身のワークショップを開催したエジプトのブロガーで活動家のダリア-ジアダは(ワークショップでの)訓練生達はチュニジアとエジプトでの蜂起で活動していると語った。
 或る活動家達はシャープの著作の一部をアラビア語に翻訳し、そしてシャープのメッセージである“独裁者の弱点を攻撃する”が彼等の頭から離れなかった。
 シャープの教え子で非暴力センターをカイロで開設しワークショップを運営しているピーター-アッカーマンは彼の師を“アイデアはパワー”だと言う事の証拠であると述べている。
 取り澄ましてはいるが内気なシャープは自分の手柄だと主張する様な事はしない。彼は革命家と言うよりは思想家であるが、彼が若かった頃は朝鮮戦争時に良心的徴兵拒否者として昼食時の食堂での座り込みに参加しコネチカット州のダンベリーの連邦刑務所で9ヶ月過ごした事がある。
 彼はエジプトのプロテスター達とは御互いに連絡を取った事がないと彼は語ったが、然し最近になって“モスラム ブラザーフッド”が“独裁主義から民主主義へ”を彼等のウエッブサイトにポスティングしているのを知る様になった。
 ホスニ ムバラクを追放した革命を“(民主主義運動にとって)勇気付ける”象徴として見ながらシャープは『(此の革命は)エジプトの人々にした事であって私ではない。』と語った。
 或る人々はシャープは隠れた平和主義者で左翼だと疑っている-----1950年代に彼は“平和ニュース”と言う刊行物を書き、そして一度個人的秘書として重要な労働組合運動家で平和主義者のA.J. Muste(ムスティー)の為に働いた事がある--------然しながら彼の初期の平和主義から成長したと主張しそして彼自身の事を“対立や分裂を超越した存在”として説明している。
 ガンディー、非暴力革命、公民権運動の為の闘争、経済的ボイコット、等々の研究の結果、彼は自由を拡大する為には注意深い戦略と仔細に渡る計画が必要だと言う結論に到達し其のアドヴァイスはエジプトの若い指導者達の心に深く響き渡ったとジアダ嬢は語った。平和的なプロテストが----道徳的理由ではなく暴力は専制的支配者による激しい弾圧を誘発するので------最上の手段だと彼は述べている。
 『若し暴力を使って戦うと君は君の敵の最高の武器で戦っている事になるのだ。そして君は勇敢かも知れないが死んだ英雄になるのかも知れないのだよ。』とシャープは語った。
 シャープは此の分野の生みの親だと考えられているとサンフランシスコ大学の戦略的非暴力活動の専門家ステファン-ズネス氏は語っている。『彼(シャープ)は彼の研究結果を広めるよりもリサーチや理論的研究の方に熱心である。』と彼(ズネス)は語っている。
 其れはシャープが実際に行動した事が無いと言う事ではない。1989年に中国の天安門広場の革命を目撃する為に中国に飛んでいった。1990年代初期彼はビルマの反乱側のキャンプに潜入していた。
 皆が皆そんなに感心している訳ではない。レバノンの政治科学者で“怒っているアラブ ニュース サーヴィス”と言うブログの開設者アサッド-アブカハリル氏は月曜日のニューヨーク タイムズがシャープについての言及を報道している事に全く憤慨していた。
 『欧米のジャーナリスト達はエジプトの成功を説明する人物で植民地支配者がエジプト人の手柄を否定する為の“ローレンス-オブ-アラビア”を探している。』と彼は訴えてている。
 その間にもシャープは中近東の情勢を注意深く見守っている。彼はエジプトのプロテスター達が平和的手段から逸脱しない自制力と彼等の恐れを知らない勇敢さに感動している。『其れ(エジプトのプロテスターの行動)はガンディーの用いた手段と全く同じ物だ。』とシャープは語っている。『若し人々が独裁者を恐れないとすれば独裁者は大きな問題を抱えた事になる。』

ejnews:中近東で平和的革命運動が始まってから私の良く聴いているラジオ局KPFKのBackground Briefing - Ian Masters(バックグラウンド ブリーフィング-イアン マスターズ主催)と言う番組でイアン マスターズ氏による此の翻訳記事で紹介されているアルバート アインシュタイン インスティチューションのジーン シャープと言う人物のインタヴューが放送されていた。ザ アルバート アインシュタイン インスティチューションと言う団体が存在する事は知っていたが別にそれ程気にも留めていなかった。然しインタビューのあった番組を聞いている内にトンでもなく重要な人物の存在を今まで知らないで過ごしてきた事に我ながら驚いてしまった。右翼や保守派、企業資本のパブリック リレーション(プロパガンダと言う言葉が元々ヴァチカンのプロパガンダ部門Sacra Congregatio de Propaganda Fideサクラ コングレガチオ デ プロパガンダ フィデで悪名が高くなりエドワード バーネイズの著書“プロパガンダ”が其れに輪をかけて気持ちの悪い言葉にしてしまった為パブリックリレーションと言うホワイト ワッシされた言葉が作り出された。故にプロパガンダとパブリック リレーションは同義語Different words same meaning 又はSynonymであって信用すべからず!!!)以外のニュースは殆ど見逃さない様に常に心掛けている私ではあるが“少しのことにも、先達はあらまほしき事なり“だと改めて感じている今日この頃でありまする。

 パシフィカネットワークのロサンジェルスのラジオ局KPFKのウエッブサイト
KPFK(http://www.kpfk.org/)には
オーディオアーカイブ無料で聴けますから英語の理解出来る人は是非利用して下さい。日本で聞けない様な興味深い番組やニュースがイッパイあるぞ!そして此の記事にあるジーンシャープの『独裁主義から民主主義へ』の原文を読みたい方は此処で読めます。セルビア、中近東で起こった平和的民主主義革命に影響したジーンシャープのメソッド、そして今アメリカでも平和的反共和党州政権に対するプロテストが中近東のムーヴメントに影響された様に共和党によって市民の権利が脅かされている州に広がっている今、日本でもイザと言う時の為に此の『独裁主義から民主主義へ』を読んで置きましょう!

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『相互扶助論』はクロポトキンの退屈な話だけど人類にとっては重要な話。

Kropotkin Was No Crackpot
クロポトキンは空想を抱いていた変人ではなかった。


Stephen Jay Gould 1997 スティーヴンジェイグールド著1997年。

http://www.marxists.org/subject/science/essays/kropotkin.htmより。

Source:1997. Kropotkin was no crackpot. Natural History 106 (June): 12-21;
Transcribed: for marxists.org in May, 2002.



IN LATE 1909, two great men corresponded across oceans, religions, generations, and races. Leo Tolstoy, sage of Christian nonviolence in his later years, wrote to the young Mohandas Gandhi, struggling for the rights of Indian settlers in South Africa:
1909年暮れ2人の偉大な人物が海、宗教、世代、人種を超えて連絡しあっていた。レオトルストイ、キリスト教非暴力の賢者は晩年、南アフリカでインデアン移民の権利の為に苦闘している若きモハンダスガンディーに手紙を書いた。

“God helps our dear brothers and co-workers in the Transvaal. The same struggle of the tender against the harsh, of meekness and love against pride and violence, is every year making itself more and more felt here among us also.”
『トランスヴァールの親愛なる兄弟達と同僚達を神は救われるであろう 。同様の刺々しさに対する優しさの、柔和と愛の自惚れと暴力に対する苦闘は此処で我々の間でも毎年益々強く感じられて来ています。』


Transvaalトランスヴァールは南アフリカにあったオランダ人の植民地。第2次ボーア戦争で敗れ1910年に南アフリカの1つの州となる。

Leo Tolstoyレオ トルストイ(英語):トルストイはキリストの教えを基にした非暴力、無抵抗の原則により、戦争をする国家と迎合するロシア正教会を否定した。彼の思想に影響された人々のコミューン(英語でTolstoyansトルストイヤン。ロシア語でТолстовцы, Tolstovtsyトルストフツィ?)はクリスチャン平和主義と認識され後にボルシェヴィッキ政府のスターリンよって全員が逮捕され労働収容所に送られた。トルストイはアナキズムの発展に大きな影響を及ぼした。


A year later, wearied by domestic strife, and unable to endure the contradiction of life in Christian poverty on a prosperous estate run with unwelcome income from his great novels (written before his religious conversion and published by his wife), Tolstoy fled by train for parts unknown and a simpler end to his waning days. He wrote to his wife:
1年後、家庭内問題により疲れ果て、そして彼の偉大な小説からの歓迎されない収入(彼の宗教的変更以前に書かれ彼の妻によって出版された)によって経営される繁栄している屋敷領地でのキリスト教的聖貧と言う矛盾に耐えられなくなったトルストイは終着駅の無いそして終わりに近づいている人生のより簡素な最後の為に汽車で立ち去ったのである。彼は妻に手紙で------------

“My departure will distress you. I’m sorry about this, but do understand and believe that I couldn’t do otherwise. My position in the house is becoming, or has become, unbearable. Apart from anything else, I can’t live any longer in these conditions of luxury in which I have been living, and I’m doing what old men of my age commonly do: leaving this worldly life in order to live the last days of my life in peace and solitude.”
『私が立ち去った事で貴方は嘆くでしょう。此の事については申し訳なく思っています。然しこれ以外の方法が私には無かった事を理解し信じてください。家での私の置かれていた状況は耐えられなくなって来ていました----------若しくは既に絶えられなくなっていました。取り分け、私はもうこれ等の私が生きて来た贅沢な条件で生きて行く事が出来なくなったのです。そして私の年齢の老人が普通にする事をしているのです。其れは人生の最後の日を穏やかにそしてひっそりと暮す為に現世を離れ事です。』


But Tolstoy’s final journey was both brief and unhappy. Less than a month later, cold and weary from numerous long rides on Russian trains in approaching winter, he contracted pneumonia and died at age eighty-two in the stationmaster’s home at the railroad stop of Astapovo. Too weak to write, he dictated his last letter on November 1, 1910. Addressed to a son and daughter who did not share his views on Christian nonviolence, Tolstoy offered a last word of advice:
然しトルストイの最後の旅は短く、又同時に不幸だった。1ヶ月も経たない内に、冬が近づく中、ロシアの列車を数え切れないほど乗り継ぎ、長距離の列車の旅で冷え切りそして疲れた彼は肺炎を患い、アスタポヴォ駅の駅長の家で他界してしまった。82歳だった。字を書くには憔悴し過ぎていたので1910年11月1日、最後の手紙を口述させた。(其の手紙は)トルストイのキリスト教的非暴力思想を分かち合わない息子と娘宛でトルストイの最後の助言を提供していた。

“The views you have acquired about Darwinism, evolution, and the struggle for existence won’t explain to you the meaning of your life and won’t give you guidance in your actions, and a life without an explanation of its meaning and importance, and without the unfailing guidance that stems from it is a pitiful existence. Think about it. I say it, probably on the eve of my death, because I love you.”
『進化論や生存の為の闘争等と言う貴方達がダーウィニズムについて習った物の見方は貴方に貴方の人生の意味を説明してくれないのです。そして貴方の行動(行為)、そして人生の意味と重要性について説明の無い人生についての助言も与えないのです。そして間違いの無い助言のない事は哀れな存在の原因となるのです。其れについて考えてみて下さい。恐らく私の死の前夜(である今)そう貴方に伝えます。何故なら私は貴方達を愛しているからなのです。』


Tolstoy’s complaint has been the most common of all indictments against Darwin, from the publication of the Origin of Species in 1859 to now. Darwinism, the charge contends, undermines morality by claiming that success in nature can only be measured by victory in bloody battle – the “struggle for existence” or “survival of the fittest” to cite Darwin’s own choice of mottoes. If we wish “meekness and love” to triumph over “pride and violence” (as Tolstoy wrote to Gandhi), then we must repudiate Darwin’s vision of nature’s way – as Tolstoy stated in a final plea to his errant children.
1859年の『種の起源』の出版から現在まで、此のトルストイの不満はダーウィンへの批判の中で最も良く見られるものであった。ダーウィニズムは自然界での成功は流血の戦いでの勝利に置いてのみ計り得る事が可能であると主張し倫理性を軽んじているとダーウィニズムへの告発は“生存の為の闘争”若しくは“最も適応した者が生き残る”等のダーウィン自身の選んだモットーを引用して主張している。若し我々が“柔和と愛”が“自惚れと暴力”(トルストイがガンディーに手紙で書いた様に)に対して勝利する事を望むなら、其れならば、間違った方向に向かってしまった子供達への最後の嘆願でトルストイが述べた様に我々はダーウィンの自然界の法則についての見方を拒否しなければならない。

This charge against Darwin is unfair for two reasons. First, nature (no matter how cruel in human terms) provides no basis for our moral values. (Evolution might, at most, help to explain why we have moral feelings, but nature can never decide for us whether any particular action is right or wrong.) Second, Darwin’s “struggle for existence” is an abstract metaphor, not an explicit statement about bloody battle. Reproductive success, the criterion of natural selection, works in many modes: Victory in battle may be one pathway, but cooperation, symbiosis, and mutual aid may also secure success in other times and contexts. In a famous passage, Darwin explained his concept of evolutionary struggle (Origin of Species, 1859, pp. 62-63):
此のダーウィンへの告発は2つの理由で不公平である。最初に、(人間の基準でどんなに残酷であろうとも)自然は我々人間の倫理基準を提供しない。(生物の進化は最善の場合でも我々がなぜ倫理的感情を持っているかの説明の手助けをする事が出来るかもしれない。然し、自然は人間の或る特定の行動が善であるか悪であるかを我々人間の為に決定する事は不可能である。)第2番目に、ダーウィンの“生存の為の闘争”は抽象的暗喩であり、流血の闘争について具体的に説明した言葉ではない。繁殖においての成功、自然淘汰(自然によって選ばれる事)等は多くの方法で機能する。闘争に置いての勝利は一つの生存への道かも知れない。然し、協力、共棲、そして相互扶助等も又、別の機会と状況で成功を確実にする。有名な一節でダーウィンは彼の進化論的闘争の考え方を説明している。(種の起源、1859年、PP.62-63):

“I use this term in a large and metaphorical sense including dependence of one being on another, and including (which is more important) not only the life of the individual, but success in leaving progeny. Two canine animals, in a time of dearth, may be truly said to struggle with each other which shall get food and live. But a plant on the edge of a desert is said to struggle for life against the drought.... As the mistletoe is disseminated by birds, its existence depends on birds; and it may metaphorically be said to struggle with other fruit-bearing plants, in order to tempt birds to devour and thus disseminate its seeds rather than those of other plants. In these several senses, which pass into each other, I use for convenience sake the general term of struggle for existence.”
『私は此の言葉を、或る生き物が他の生き物に依存する事と、そして(此れはもっと重要である)一個体の生命だけでなく子孫を残す事に成功する事を含めて、広く隠喩的感覚で使用する。死の際しては2匹のイヌ科の動物の場合はどちらが食料を得てそして生き残るか御互いに争うと真に言えるかも知れない。然し砂漠の端の植物の場合は旱魃に対して生死を賭けた戦いをしていると言えるであろう------宿り木が鳥によって生息地を広げられる様に、宿り木の生存は鳥に頼っている。そして、鳥に果物を食べる様に誘い他の植物の種よりも、其の行為によって自身の種を散布させる其の状態は隠喩的に他の果物を結実させる植物との闘争と言えるかも知れない。この様
な御互いが交錯する幾つかの違った考え方に置いて私は“生存の為の闘争”と言う一般的な言葉を方便上使用する。』

Yet, in another sense, Tolstoy’s complaint is not entirely unfounded. Darwin did present an encompassing, metaphorical definition of struggle, but his actual examples certainly favored bloody battle – “Nature, red in tooth and claw,” in a line from Tennyson so overquoted that it soon became a knee-jerk cliche for this view of life. Darwin based his theory of natural selection on the dismal view of Malthus that growth in population must outstrip food supply and lead to overt battle for dwindling resources. Moreover, Darwin maintained a limited but controlling view of ecology as a world stuffed full of competing species – so balanced and so crowded that a new form could only gain entry by literally pushing a former inhabitant out. Darwin expressed this view in a metaphor even more central to his general vision than the concept of struggle – the metaphor of the wedge. Nature, Darwin writes, is like a surface with 10,000 wedges hammered tightly in and filling all available space. A new species (represented as a wedge) can only gain entry into a community by driving itself into a tiny chink and forcing another wedge out. Success, in this vision, can only be achieved by direct takeover in overt competition.
然し又、或る意味において、トルストイの不満も完全な根も葉もない言い掛かりと言う訳ではない。ダーウィンは隠喩的な意味の闘争の例を網羅したのだが、彼が実際に挙げた例は確実に流血の闘争を贔屓している。“自然、歯と爪の赤い色(血)”多過ぎるほど引用されているテニソンの此の一節は、すぐさま此の(ダーウィンの)生命についての認識の陳腐な決まり文句となってしまった。ダーウィンは彼の自然淘汰についての説を、人口の増加は食料源を消耗してしまい急速に減少する資源を巡って公然とした戦いを引き起こすと言うマルサスの陰鬱な世界観を基に築き上げてしまった。其の上、ダーウィンは世界は多くの互いに競争する生物種によってはち切れそうで-------最大限に均衡が取られ、鮨詰めで、新種の生物が存在し始める為には既存の種を文字通り押し出さなければならないと言う制約つきの、然し支配的な生態系の観念を維持し続けた。ダーウィンは隠喩的な此の着想を概念的な闘争よりももっと彼の一般的思想に近い-----楔と言う隠喩の----形で説明した。自然とは-----ダーウィンは説明をしている------自然とは与えられた場所にギッシリと槌で打ち込まれた1万の楔の表面の様な物である。新しい種類の生物が(楔として表されている)コミュニティー(自然界)に加わる為には小さな隙間に自分自身を打ち込み他の楔を無理やり押し出す事によってのみ可能である。此の思想では成功はあからさまな競争による直接的乗っ取りによって達成されるのである。

Furthermore, Darwin’s own chief disciple, Thomas Henry Huxley, advanced this “gladiatorial” view of natural selection (his word) in a series of famous essays about ethics. Huxley maintained that the predominance of bloody battle defined nature’s way as nonmoral (not explicitly immoral, but surely unsuited as offering any guide to moral behavior).
更に、ダーウィン自身の最も重要な弟子であるトーマス ヘンリー ハックスレイは此の“ローマ帝国の剣闘士の格闘“の様な自然淘汰(彼の言葉)についての思想を倫理についての有名なエッセイのシリーズで発展させていった。流血の闘争が支配的である事は道徳が存在しないと言う自然の有り方を定義しているとハックスレイは主張し続けていた。(明確に不道徳と言う訳ではないが、確かに道徳的行動への助言を提供するには適していない)

“From the point of view of the moralist the animal world is about on a level of a gladiator’s show. The creatures are fairly well treated, and set to fight – whereby the strongest, the swiftest, and the cunningest live to fight another day. The spectator has no need to turn his thumbs down, as no quarter is given.”
『道徳家の視点から見れば動物界はローマ帝国の剣闘士の見世物の様な水準である。生き物はかなり良い待遇を受けていて戦いの準備が出来ている。其処では最も強く、最もすばしっこく、最も狡猾な者が別の日を戦う為に生き残るのである。負けた者に対して寛大な慈悲が与えられなかった事を理由に観衆は親指を下に向ける必要は無い。』


(ローマの剣闘士の見世物で負けた剣闘士の命を助けたくない場合や格闘に不満だった場合、観衆は親指を突き出し下に向けて意思表示をしたとされている。)

But Huxley then goes further. Any human society set up along these lines of nature will devolve into anarchy and misery – Hobbes’s brutal world of bellum omnium contra omnes (where bellum means “war,” not beauty): the war of all against all. Therefore, the chief purpose of society must lie in mitigation of the struggle that defines nature’s pathway. Study natural selection and do the opposite in human society:
然しハックスレイは議論をもっと進める。この様な自然についての考え方に沿って生まれた全ての人間社会は混乱状態と悲惨な状態に発展してしまう----------ホッブスの残酷な世界観である(ラテン語で表現された)bellum omnium contra omnes(bellumベルッムは“戦争”と言う意味で“美しい”と言う意味ではない)“全ての人間が御互いに戦い合う”世界である。疎の様な理由で社会の主な目的は自然の経路を定義している闘争の軽減に見出される。自然淘汰を研究し其の反対を人間社会で行なうのである。

“But, in civilized society, the inevitable result of such obedience [to the law of bloody battle] is the re-establishment, in all its intensity, of that struggle for existence – the war of each against all – the mitigation or abolition of which was the chief end of social organization.”
『然し、文明社会では“流血の闘争の掟”への疎の様な従順の不可避の結果として“全ての人間が互いに戦い合う”と言う生存への闘争は激しさを増して再び確立されている。疎の様な闘争の緩和や撤廃は社会組織の主な最終目的である。』


This apparent discordance between nature’s way and any hope for human social decency has defined the major subject for debate about ethics and evolution ever since Darwin. Huxley’s solution has won many supporters – nature is nasty and no guide to morality except, perhaps, as an indicator of what to avoid in human society. My own preference lies with a different solution based on taking Darwin’s metaphorical view of struggle seriously (admittedly in the face of Darwin’s own preference for gladiatorial examples) – nature is sometimes nasty, sometimes nice (really neither, since the human terms are so inappropriate). By presenting examples of all behaviors (under the metaphorical rubric of struggle), nature favors none and offers no guidelines. The facts of nature cannot provide moral guidance in any case.
自然の在り方と人間社会の良識に対する如何なる希望の間の此の明瞭な不協和は倫理と進化についての議論の重要な主題をダーウィン以降規定した。自然は不快で道徳についての助言も無く、例外は恐らく人間社会で何を避けるべきかと言う指針であると言う-----ハックスレイの解答は多くの支持者を得た。私自身の好みは闘争と言うダーウィンの隠喩的見方(ダーウィン自身の好みの剣闘士の例を目の前にして明らかに)を基にした違った解決法に在る、自然は時々不快で、時々良い(人間の基準は非常に不適切である事にによって、実際はどちらでもない)。全ての習性の例を挙げて(闘争について隠喩的な説明の下に)自然は誰をもえこひいきせず何の助言も与えない。自然界で実際に起こる事実はどの様な場合でも道徳的助言を与える事はできない。

But a third solution has been advocated by some thinkers who do wish to find a basis for morality in nature and evolution. Since few can detect much moral comfort in the gladiatorial interpretation, this third position must reformulate the way of nature. Darwin’s words about the metaphorical character of struggle offer a promising starting point. One might argue that the gladiatorial examples have been over-sold and misrepresented as predominant. Perhaps cooperation and mutual aid are the more common results of struggle for existence. Perhaps communion rather than combat leads to greater reproductive success in most circumstances.
然し、第3の解答が自然と進化の中に道徳の基本を見つけ様とした或る哲学者によって提唱されたのである。“ローマの剣闘士”と言う隠喩による解釈では僅かの道徳的安心感をも見出す事は難しいので、第3番目の解釈は自然の在り方の解釈を再構築する筈であった。ダーウィン自身の言葉である闘争についての隠喩的性質は新しい説明を上手く出来そうな出発点を提供した。“ローマ帝国の剣闘士”の隠喩的例は必要以上に注目され支配的な思想として間違って伝えられていたと誰かが主張するかも知れない。恐らく協力と相互扶助は生存の為の闘争の結果として思ったよりももっと普通の事かも知れない。恐らく殆どの状況下で共有や親交は戦いと比較すればより大きな繁殖的成功へ導くのかも知れない。

The most famous expression of this third solution may be found in Mutual Aid, published in 1902 by the Russian revolutionary anarchist Petr Kropotkin. (We must shed the old stereotype of anarchists as bearded bomb throwers furtively stalking about city streets at night. Kropotkin was a genial man, almost saintly according to some, who promoted a vision of small communities setting their own standards by consensus for the benefit of all, thereby eliminating the need for most functions of a central government.) Kropotkin, a Russian nobleman, lived in English exile for political reasons. He wrote Mutual Aid (in English) as a direct response to the essay of Huxley quoted above, “The Struggle for Existence in Human Society,” published in The Nineteenth Century, in February 1888. Kropotkin responded to Huxley with a series of articles, also printed in The Nineteenth Century and eventually collected together as the book Mutual Aid.
第3番目の解決策の最も有名な表現は1902年にロシアの革命的アナキスト ピョートル クロポトキンによって出版された著書“相互扶助論”に見受けられるだろう。(我々は鬚面で夜間にコッソリと街を歩き爆弾テロを行なうと言うアナキストの古い固定観念を取り去らなければならない。クロポトキンは温和な人間で、或る人々によれば、全ての住人の利益と言う合意に基づいた彼等自身の基準を設け、其れにより中央集権政府の殆どの機能の必要性を排除した小さなコミュニティーと言う展望を提唱した聖人の様な人なのである。)クロポツキンはロシアの貴族で政治的理由で英国で亡命生活を送った人である。彼は上記に示した“19世紀”(雑誌の名前)の1888年2月に出版された“人間社会での生存の為の闘争”と言うハックスレイのエッセイへの直接的反論として“相互扶助論”を執筆し、クロポトキンはハックスレイに対しシリーズの記事で反論し、又“19世紀”で出版し、最終的に“相互扶助論”と言う本として編集したのである。

As the title suggests, Kropotkin argues, in his cardinal premise, that the struggle for existence usually leads to mutual aid rather than combat as the chief criterion of evolutionary success. Human society must therefore build upon our natural inclinations (not reverse them, as Huxley held) in formulating a moral order that will bring both peace and prosperity to our species. in a series of chapters, Kropotkin tries to illustrate continuity between natural selection for mutual aid among animals and the basis for success in increasingly progressive human social organization. His five sequential chapters address mutual aid among animals, among savages, among barbarians, in the medieval city, and amongst ourselves.
此の本の題名が示唆している様に生存の為の苦闘は進化上の成功の重要な判断基準として普通戦いではなく相互扶助へと我々を導くとクロポツキンは彼の(思想の)最も重要な前提で主張している。由って我々人類に平和と繁栄をもたらす道徳的秩序を構成し自然の性質を基に人間社会は築かれなければならない。相互扶助論の数々の項目で相互扶助に向かう動物界での自然淘汰と益々進歩している人間社会組織の成功の基礎との間の関連性をクロポツキンは説明し様としていた。クロポツキンの連続する5つの項目は動物界での相互扶助、原始的社会の相互扶助、野蛮民族の相互扶助、中世社会の相互扶助、そして、(現代社会)我々の相互扶助について述べている。

I confess that I have always viewed Kropotkin as daftly idiosyncratic, if undeniably well meaning. He is always so presented in standard courses on evolutionary biology – as one of those soft and woolly thinkers who let hope and sentimentality get in the way of analytic toughness and a willingness to accept nature as she is, warts and all. After all, he was a man of strange politics and unworkable ideals, wrenched from the context of his youth, a stranger in a strange land. Moreover, his portrayal of Darwin so matched his social ideals (mutual aid naturally given as a product of evolution without need for central authority) that one could only see personal hope rather than scientific accuracy in his accounts. Kropotkin has long been on my list of potential topics for an essay (if only because I wanted to read his book, and not merely mouth the textbook interpretation), but I never proceeded because I could find no larger context than the man himself. Kooky intellects are interesting as gossip, perhaps as psychology, but true idiosyncrasy provides the worst possible basis for generality.
私はクロポツキンを、間違いなく善意のある人間で無ければ、常に器用で特異な存在であると思っていた事を告白しなければならない。進化論生物学の基礎課程ではクロポツキンは常に彼の希望と感傷的性格が厳格な研究を邪魔し、そして短所長所も含めたありのままの自然を受け入れる事を拒んだ軟弱な掴み所の無い哲学者の一人だと紹介されて来た。結局はクロポツキンは変テコな政治哲学と実用には適していない理想主義を提唱し、青年時代に彼の人生を翻弄され異邦人として異国で暮した人物であった。然も、クロポツキンのダーウィンについての批判や説明は彼の言葉によれば科学的正確性よりもクロポツキン自身の個人的な希望だけしか見えない様なクロポツキン自身の社会的理想に一致している。(相互扶助は中央集権権力の必要性の無い進化によって形成された物と当然捉えられている)クロポツキンは長い間、私のエッセイの主題として考えていたリストの一人であったが、私には彼自身の個人性以外には重要性を見出せなかったので彼についてのエッセイに取り掛かる事はしなかった。(クロポツキンについての教科書の解釈を述べるのでは無く、クロポツキンの著書を本当に読みたかったのだが)精神医学として、変わり者の識者はゴシップとしては興味深いのだが本物の風変わりな人物は一般性を語る際、全く最悪の素地を提供する。

But this situation changed for me in a flash when I read a very fine article in the latest issue of Isis (our leading professional journal in the history of science) by Daniel P. Todes: “Darwin’s Malthusian Metaphor and Russian Evolutionary Thought, 1859-1917.” I learned that the parochiality had been mine in my ignorance of Russian evolutionary thought, not Kropotkin’s in his isolation in England. (I can read Russian, but only painfully, and with a dictionary – which means, for all practical purposes, that I can’t read the language.) I knew that Darwin had become a hero of the Russian intelligentsia and had influenced academic life in Russia perhaps more than in any other country. But virtually none of this Russian work has ever been translated or even discussed in English literature. The ideas of this school are unknown to us; we do not even recognize the names of the major protagonists. I knew Kropotkin because he had published in English and lived in England, but I never understood that he represented a standard, well-developed Russian critique of Darwin, based on interesting reasons and coherent national traditions. Todes’s article does not make Kropotkin more correct, but it does place his writing into a general context that demands our respect and produces substantial enlightenment. Kropotkin was part of a mainstream flowing in an unfamiliar direction, not an isolated little arroyo.
然し、最も最近の“アイシス”(科学の歴史についての有名な専門的雑誌)のダニエルP.トードスの素晴らしい記事“ダーウィンのマルサス主義的隠喩とロシア革命思想、1859年~1917年”を読んだ時、此の状態(私のクロポツキンに対する偏見)はアッと言う間に変ってしまった。知識の偏狭さは私のロシア革命思想に対する無知に原因する物でクロポツキンの英国でのロシアからの孤立が原因ではなかった。(私はロシア語が読めるのだが、苦痛を伴っていて辞書を使ってである-----------と言う事は、全ての現実的な目的の為には私はロシア語を読めないと言う事になる)私はダーウィンはロシアのインテリゲンシアの英雄となり恐らくロシアの知識人の社会に他のどの国よりも強い影響を与えた事を知っていたが、然し事実上ロシアの研究論文は何一つ翻訳されず又、英語の文献でもロシアの研究は語られなかった。此の学派の思想は我々には未知の物であり、重要な主唱者の名前も我々は認識する事も出来ないのである。私はクロポツキンが英語で著書を出版し英国に住んでいた事によって彼の事を知っていたのだが、彼が興味深い理由と首尾一貫している国家的伝統に基づいた一般的なロシアのかなり進んでいたダーウィン批判を代表していたとは理解していなかった。トーデスの記事はクロポツキンをもっと正しくはしないが、クロポツキンの著作をより一般的な世界に組み込む事でクロポツキンに対する尊敬念を我々に抱かせ、又クロポツキンへの我々の理解を深めさせる。クロポツキンは未知の方向に向かっている或る流れの本流の一部で孤立し干乾びてしまった小さな峡谷ではなかったのである。

This Russian school of Darwinian critics, Todes argues, based its major premise upon a firm rejection of Malthus’s claim that competition, in the gladiatorial mode, must dominate in an ever more crowded world, where population, growing geometrically, inevitably outstrips a food supply that can only increase arithmetically. Tolstoy, speaking for a consensus of his compatriots, branded Malthus as a “malicious mediocrity.”
Todes finds a diverse set of reasons behind Russian hostility to Malthus. Political objections to the dog-eat-dog character of Western industrial competition arose from both ends of the Russian spectrum. Todes writes:
ダーウィンを批判する此のロシア学派は、地域的な人口増加が不可避的に等差級数的にしか増加しない食料源を枯渇させると言う理由で、人口密度の益々高くなる世界を支配しなければならないと言うマルサスの主張する“ローマ帝国の剣闘士”の様な競争を強く拒否するという重要な前提を基にしているとトーデス氏は主張している。トルストイは彼の同胞の合意を代表しマルサスを“悪意の有る月並な凡人”と言う名で呼んでいる。マルサスに対するロシア人の敵意の幅広い理由をトーデス氏は発見している。骨肉相食む西欧的工業競争に対する政治的反発はロシア社会層の両極から発生したとトーデス氏は書いている。

“Radicals, who hoped to build a socialist society, saw Malthusianism as a reactionary current in bourgeois political economy. Conservatives, who hoped to preserve the communal virtues of tsarist Russia, saw it as an expression of the “British national type.”
『社会主義的社会を建設し様と望んでいた過激派はマルサス主義をブルジョア的政治経済内の反動的動向だと見ていた。そして、帝政ロシアの共同社会の美徳を保存する事を望んでいた保守派はマルサス主義を“英国的国家形態”の表れだと見ていた。』


But Todes identifies a far more interesting reason in the immediate experience of Russia’s land and natural history. We all have a tendency to spin universal theories from a limited domain of surrounding circumstance. Many geneticists read the entire world of evolution in the confines of a laboratory bottle filled with fruit flies. My own increasing dubiousness about universal adaptation arises in large part, no doubt, because I study a peculiar snail that varies so widely and capriciously across an apparently unvarying environment, rather than a bird in flight or some other marvel of natural design.
然し、トーデス氏はロシアの大地と自然史からの直接的な非常に興味深い理由を見出している。我々人間は皆普遍的な説を我々が囲まれている環境の限られた領域からひねり出す傾向が有る。多くの遺伝学者は世界全ての進化を実験室の果物蠅の詰まったビンと言う限られた範囲を用いて理解する。私自身の益々大きくなる普遍的適応に対する不信感は私が飛んでいる鳥や他の素晴らしい自然のデザインの代わりに、明らかに変化の無い環境で非常に幅が広く気紛れな変種をもつ特殊な蝸牛を研究している事に疑いなく大きな部分起因している。

Russia is an immense country, under-populated by any nineteenth-century measure of its agricultural potential. Russia is also, over most of its area, a harsh land, where competition is more likely to pit organism against environment (as in Darwin’s metaphorical struggle of a plant at the desert’s edge) than organism against organism in direct and bloody battle. How could any Russian, with a strong feel for his own countryside, see Malthus’s principle of overpopulation as a foundation for evolutionary theory? Todes writes:
ロシアは広大な国家でどの19世紀の農業的可能性と言う基準においても人口密度は低かった。ロシアは又殆どの地域で険しい土地で、其処では競争は多くの場合直接的な流血の戦いと言う生物対生物よりも(ダーウィンの隠喩的砂漠の端の植物の闘争で示される)生物対環境と言う形を取っている。彼等の大地に対する強い愛着を通して如何してロシア人は誰もマルサスの主要な理論である人口過多が進化論の基礎だと見なかったのだろうか?

“It was foreign to their experience because, quite simply, Russia’s huge land mass dwarfed its sparse population. For a Russian to see an inexorably increasing population inevitably straining potential supplies of food and space required quite a leap of imagination.”
『其れは彼等の経験にとって異質な物であった。其れは、全く単純にロシアは巨大な大陸で、其処にまばらに住む人口をチッポケナ存在として圧倒していたからだった。否応無く増え続ける人口が結果として将来の食料源と面積的領土に重圧をかけるとロシア人が解釈するには一寸した想像力の飛躍を必要としていたのだ。』


If these Russian critics could honestly tie their personal skepticism to the view from their own backyard, they could also recognize that Darwin’s contrary enthusiasms might record the parochiality of his different surroundings, rather than a set of necessarily universal truths. Malthus makes a far better prophet in a crowded, industrial country professing an ideal of open competition in free markets. Moreover, the point has often been made that both Darwin and Alfred Russel Wallace independently developed the theory of natural selection after primary experience with natural history in the tropics. Both claimed inspiration from Malthus, again independently; but if fortune favors the prepared mind, then their tropical experience probably predisposed both men to read Malthus with resonance and approval. No other area on earth is so packed with species, and therefore so replete with competition of body against body. An Englishman who had learned the ways of nature in the tropics was almost bound to view evolution differently from a Russian nurtured on tales of the Siberian wasteland.
若しこれ等のロシアの批判家達が彼等の裏庭からの景色に個人的懐疑心を正直に繋げる事が出来たなら、一揃いの普遍的真理の代わりに彼等は又ダーウインの正反対の熱心さが彼の違った環境と言う偏狭さを記録している事を認識出来たであろう。鮨詰めの工業化された、開かれた市場での競争を公言している国家についてはマルサスは比較にならない程の預言者である。又、此の論点は熱帯の自然史へ最初の経験の後、ダーウインとアルフレッド ラッセル ワォーレス両者によって個別に築き上げられた自然淘汰の説によって述べられている。両者とも、又個別にマルサスからインスピレーションを得たと主張しているが、幸運が準備出来ている精神を好むとするなら、彼等の熱帯での経験は此の両者をマルサスを共鳴と承認を持って読む事に前もって条件付けられていた。地球の他のどの地域も疎の様に種々の生物で鮨詰めになっている場所はないと言う理由で肉弾戦と言う競争で満ちている。英国人として習った熱帯の自然の在り方は進化をロシアで育まれたシベリアの荒涼とした土地の話と違った物として見る様に殆ど強いられていた。

For example, N. I. Danilevsky, an expert on fisheries and population dynamics, published a large, two-volume critique of Darwinism in 1885. He identified struggle for personal gain as the credo of a distinctly British “national type,” as contrasted with old Slavic values of collectivism. An English child, he writes, “boxes one on one, not in a group as we Russians like to spar.” Danilevsky viewed Darwinian competition as “a purely English doctrine” founded upon a line of British thought stretching from Hobbes through Adam Smith to Malthus. Natural selection, he wrote, is rooted in “the war of all against all, now termed the struggle for existence – Hobbes’ theory of politics; on competition – the economic theory of Adam Smith. ... Malthus applied the very same principle to the problem of population. ... Darwin extended both Malthus’ partial theory and the general theory of the political economists to the organic world.” (Quotes are from Todes’s article.)
例えば、N.I.ダニエレフスキー、水産業と個体群動態学の専門家、は1885年に膨大な量の2巻のダーウイニズム批判を出版した。彼は古いスラヴ文化の集産(団)主義の価値観と較べて、信条としての個人的利益の為の闘争を英国固有の“国家タイプ”だと見なした。『英国の子供はボクシングをロシア人がグループで戦うのと違って1対1でする。』と彼は書いている。“純粋な英国のドクトリン”としてのダーウイン型の競争はホッブスからアダム スミスそしてマルサスへと続く線上に基づいているとダニエレフスキーは見ている。自然淘汰は“全ての人間が御互いに戦い合う戦争”と言う、今“生存競争”と呼ばれているホッブスの政治学説に源流を持ち、競争ではアダム スミスの経済学説----------マルサスは同一の原則を人口問題に適用している----------ダーウインはマルサスの部分的仮説と政治経済学者の一般的仮説の両方を生物界に延長していると彼は書いている。

When we turn to Kropotkin’s Mutual Aid in the light of Todes’s discoveries about Russian evolutionary thought, we must reverse the traditional view and interpret this work as mainstream Russian criticism, not personal crankiness. The central logic of Kropotkin’s argument is simple, straightforward, and largely cogent.
我々がクロポツキン(クロポトキン)の相互扶助論に目を向ける時、トードスのロシア人の進化論についての考えの発見による光の中で我々は伝統的な視点を翻さなければならない、そして個人的な不機嫌さではなくロシア人の本流の批判としての此の著作を解釈しなければならない。クロポツキンの議論の中心論理は明快で、理解し易く、そして多くの場合説得力がある。

Kropotkin begins by acknowledging that struggle plays a central role in the lives of organisms and also provides the chief impetus for their evolution. But Kropotkin holds that struggle must not be viewed as a unitary phenomenon. It must be divided into two fundamentally different forms with contrary evolutionary meanings. We must recognize, first of all, the struggle of organism against organism for limited resources – the theme that Malthus imparted to Darwin and that Huxley described as gladiatorial. This form of direct struggle does lead to competition for personal benefit.
クロポトキンは闘争が生物の命に中心的な役割を果たし進化に主要な刺激与える事を認める事で始めている。然し、クロポトキンは闘争は単一の現象として見られるべきではないと捉えている。其れは相反する進化的意味の2つの基本的に違った形態に別けられるべきだ。我々は先ず最初に制限の有る資源を巡る生物対生物についてのテーマはマルサスがダーウインに与えハックスレイが“ローマ帝国の剣闘士”と表現した事を認識しなければならない。此の形態の直接的闘争は直接的な利益へと確かに導く。

But a second form of struggle – the style that Darwin called metaphorical – pits organism against the harshness of surrounding physical environments, not against other members of the same species. Organisms must struggle to keep warm, to survive the sudden and unpredictable dangers of fire and storm, to persevere through harsh periods of drought, snow, or pestilence. These forms of struggle between organism and environment are best waged by cooperation among members of the same species-by mutual aid. If the struggle for existence pits two lions against one zebra, then we shall witness a feline battle and an equine carnage. But if lions are struggling jointly against the harshness of an inanimate environment, then lighting will not remove the common enemy – while cooperation may overcome a peril beyond the power of any single individual to surmount.
然し、第2の形態の闘争は--------ダーウインが隠喩的に呼んだ形-----------生物を同じ種のメンバーに対してではなく自然界の環境の険しさに対抗させる。生物は暖を取る為に、火事や嵐の様な突然の予期出来ない危険から生き延びる為、険しい乾季、雪、疫病を耐え抜く為、苦闘しなければならない。この様な形の生物と環境の間の闘争(苦闘)は同じ種のメンバーによる協力と言う相互扶助によって最も効果的に戦われる。若し生存競争が一頭の縞馬を巡って2頭のライオンを戦わせるのなら、其の時は我々は猫科の戦いと馬科の虐殺を目撃する事になる。然し、若しライオンが共に無生物の環境の険しさに苦闘していれば、其の時は電灯の光等は彼等の共通の敵を取り除かない反面どの個体が克服出来る力以上に協力は危険を克服出来るかもしれない。

Kropotkin therefore created a dichotomy within the general notion of struggle – two forms with opposite import: (1) organism against organism of the same species for limited resources, leading to competition; and (2) organism against environment, leading to cooperation.
疎の様な理由でクロポトキンは闘争の一般的概念の内に相反した2つの形態を持ち込んだ:(1)制限の有る資源を巡る同種の生物対生物の闘争は競争に導き、そして(2)生物対環境の闘争は協力へ導く。

“No naturalist will doubt that the idea of a struggle for life carried on through organic nature is the greatest generalization of our century. Life is struggle; and in that struggle the fittest survive. But the answers to the questions “by which arms is the struggle chiefly carried on!” and “who are the fittest in the struggle!” will widely differ according to the importance given to the two different aspects of the struggle: the direct one, for food and safety among separate individuals, and the struggle which Darwin described as “metaphorical” – the struggle, very often collective, against adverse circumstances.”
『生物界での生命(生きる)の為の闘争と言う此のアイデアは我々の世紀での最も偉大な一般化と言う事を疑う自然学者は存在しない。生命は闘争である。そして其の闘争の内では最も適応した者が生き残る。然し“どちら側の闘争が主に為されているのか!”そして“誰が最も適応しているのか!”と言う問題への解答は2つの違った性格の闘争の重要性によって極端に違ってくる。直接的闘争は食料と安全の為の独立した個体間の闘争で、そしてダーウインが隠喩的に闘争と言った、非常に頻繁に集団的な逆境に対する闘争である。』


Darwin acknowledged that both forms existed, but his loyalty to Malthus and his vision of nature chock-full of species led him to emphasize the competitive aspect. Darwin’s less sophisticated votaries then exalted the competitive view to near exclusivity, and heaped a social and moral meaning upon it as well.
ダーウインは両方の形態が存在すると認めたのだが、然し彼のマルサスへの忠誠心とダーウイン自身の生物が鮨詰めの自然と言う視点が彼に競争的な性質を強調させたのである。そして、ダーウインの洗練度の低い信奉者達が競争的な視点を殆ど単一の視点(自然界での闘争は競争的な物しかないと言う視点)として賞賛し、其の上に社会的そして道徳的(倫理的)意味合いを積み重ねたのである。

“They came to conceive of the animal world as a world of perpetual struggle among half-starved individuals, thirsting for one another’s blood. They made modern literature resound with the war-cry of woe to the vanquished, as if it were the last word of modern biology. They raised the “pitiless” struggle for personal advantages to the height of a biological principle which man must submit to as well, under the menace of otherwise succumbing in a world based upon mutual extermination.”
『彼等は御互いの血に飢えた半分飢餓状態個体による永遠に続く闘争の世界と言う動物界を思いつくに至ったのである。
彼等はあたかも其れが現代生物学の最後の言葉の様に、現代文学を敗者への悲哀と言うスローガンの鳴り轟くものにしてしまった。彼等は、そうしなければ相互皆殺しと言う基礎の上の世界に屈服してしまうと言う恐怖の基に、人間も又服従しなければならない“情け容赦の無い”自己の利益の為の闘争を最高位の生物学的原則に祭上げてしまった。』


Kropotkin did not deny the competitive form of struggle, but he argued that the cooperative style had been underemphasized and must balance or even predominate over competition in considering nature as a whole.
クロポトキンは競争的な形態の闘争を否定はしなかったが、彼は協力的な形態が強調されていず、そして均衡が取れている様に取り扱うか若しくは、其れよりも、自然を全体的に捉え協力が競争よりも優位を占めているとしなければならないとしている。

“There is an immense amount of warfare and extermination going on amidst various species; there is, at the same time, as much, or perhaps even more, of mutual support, mutual aid, and mutual defense.... Sociability is as much a law of nature as mutual struggle.”
『種々の生物のの間では膨大な数の戦いと皆殺しが行われているが然し、同時に同じ数だけの、恐らく其れ以上の相互支持、相互扶助、相互協力防衛、が存在し--------社交的であると言う事は相互に闘争すると同様自然の原則でもあるのである。』


As Kropotkin cranked through his selected examples, and built up steam for his own preferences, he became more and more convinced that the cooperative style, leading to mutual aid, not only predominated in general but also characterized the most advanced creatures in any group-ants among insects, mammals among vertebrates. Mutual aid therefore becomes a more important principle than competition and slaughter:
クロポトキンは選んだ例を次から次へと紹介し、彼自身の好みの説を築き上げている内に彼は益々確信するようになり、協力(的闘争)の形態は相互扶助に導き、一般的に(協力的闘争は)優勢だけでなく、昆虫の中では蟻、脊椎動物の中では哺乳類の様な、全ての種の中で最も進化した生物だと特徴づけた。よって相互扶助は競争と殺戮よりもより重要な原則となったのである。

“If we ... ask Nature: “who are the fittest: those who are continually at war with each other, or those who support one another?” we at once see that those animals which acquire habits of mutual aid are undoubtedly the fittest. They have more chances to survive, and they attain, in their respective classes, the highest development of intelligence and bodily organization.”
『若し我々が自然に質問をしてみる:『どちらの方が最も適応しているのか?常に御互いに対して戦っている者か若しくは御互いに助け合う者か?』と-------我々は一瞬に相互扶助を習慣として得た動物が疑いなく最も適応している事が解かるだろう。彼等はより多くの生き残るチャンスがあり、彼等は尊敬すべきグループで最も進化し、最高の進化した知能と群態組織を持っている。』


If we ask why Kropotkin favored cooperation while most nineteenth-century Darwinians advocated competition as the predominant result of struggle in nature, two major reasons stand out. The first seems less interesting, as obvious under the slightly cynical but utterly realistic principle that true believers tend to read their social preferences into nature. Kropotkin, the anarchist who yearned to replace laws of central government with consensus of local communities, certainly hoped to locate a deep preference for mutual aid in the innermost evolutionary marrow of our being. Let mutual aid pervade nature and human cooperation becomes a simple instance of the law of life.
若し我々が如何してクロポトキンが19世紀の殆どのダーウイン主義者達が自然界での闘争の優勢な帰結としての競争を提唱していた中で協力に好意的だったかと聞く時、2つの重要な理由が際立っている。最初の理由は、真実の信奉者は彼等の社会の理解の仕方を自然に持ち込むと言う、少しシニカルでありながら全く現実的な原則が理由で余り興味深くない様に見える。中央集権政府の掟を地方の地域間同士での合意に置き換えることを切望していたアナキストのクロポトキンは当然の事ながら、非常に好んでいた相互扶助を人類の最も中心の進化的の心髄として置くことを希望していた。相互扶助を自然界に充満させ人類の協力が生命の掟の単純な例となる様に。

Neither the crushing powers of the centralized State nor the teachings of mutual hatred and pitiless struggle which came, adorned with the attributes of science, from obliging philosophers and sociologists, could weed out the feeling of human solidarity, deeply lodged in men’s understanding and heart, because it has been nurtured by all our preceding evolution.
押し潰して来る様な中央集権国家や、相互憎悪と無慈悲な戦い好意的な哲学者や社会学者による科学に起因し飾り立てられた相互憎悪と無慈悲な戦いについての教えは人間の理解力と心に深く組み込まれている連帯感(団結心)に関する感情を取り除く事はできなかった。

But the second reason is more enlightening, as a welcome empirical input from Kropotkin’s own experience as a naturalist and an affirmation of Todes’s intriguing thesis that the usual flow from ideology to interpretation of nature may sometimes be reversed, and that landscape can color social preference. As a young man, long before his conversion to political radicalism, Kropotkin spent five years in Siberia (1862-1866) just after Darwin published the Origin of Species. He went as a military officer, but his commission served as a convenient cover for his yearning to study the geology, geography, and zoology of Russia’s vast interior. There, in the polar opposite to Darwin’s tropical experiences, he dwelled in the environment least conducive to Malthus’s vision. He observed a sparsely populated world, swept with frequent catastrophes that threatened the few species able to find a place in such bleakness. As a potential disciple of Darwin, he looked for competition, but rarely found any. Instead, he continually observed the benefits of mutual aid in coping with an exterior harshness that threatened all alike and could not be overcome by the analogues of warfare and boxing.
然し2番目の理由は、クロポトキン自身の自然学者としての経験的を加え、そしてトーデスのイデオロギーから自然の理解へ向かう普通の(思考の)流れは時々反転すると言う興味深い論文、そして自然の風景は社会思想の好みをカラフルにすると言う事でより啓蒙的である。ダーウインの“種の起源”の出版の直後、政治的過激派への転向の随分前クロポトキンはシベリアで5年間(1862~1866)で過ごした。彼は将校として行ったのだが、彼の(任務としての)権限は彼のロシアの広大な内陸の地質学、地理学、動物学についての研究への切望の隠れ蓑となった。ダーウインの熱帯での経験と全く反対のマルサスの視点を導き出すには最悪の環境で(ロシアのシベリア内陸部)でクロポトキンは暮した。クロポトキンは頻繁に起こる大災害が少数の種が生存出来る荒涼とした場所を危機に陥れる様な閑散とした世界を観察した。ダーウインの(進化論の理論的)弟子となる可能性のあったクロポトキンは(自然界での生存)競争を探したが然し殆ど何も見つける事が出来なかった。その代りにクロポトキンは全てを脅威に陥れるそして戦争とボクシングと言う類推では解決できない険しい外界での相互扶助の利益を常に観察した。

Kropotkin, in short, had a personal and empirical reason to look with favor upon cooperation as a natural force. He chose this theme as the opening paragraph for Mutual Aid:
クロポトキンは手短に言えば協力を自然の力と見る個人的で経験的理由があった。彼は此の主題を相互扶助論の冒頭の一節に選んだ。

“Two aspects of animal life impressed me most during the journeys which I made in my youth in Eastern Siberia and Northern Manchuria. One of them was the extreme severity of the struggle for existence which most species of animals have to carry on against an inclement Nature; the enormous destruction of life which periodically results from natural agencies; and the consequent paucity of life over the vast territory which fell under my observation. And the other was, that even in those few spots where animal life teemed in abundance, I failed to find – although I was eagerly looking for it – that bitter struggle for the means of existence among animals belonging to the same species, which was considered by most Darwinists (though not always by Darwin himself) as the dominant characteristic of struggle for life, and the main factor of evolution.”
『私が若かった頃の東シベリアと北満州での旅の中で動物界の2の面が私を最も感銘させた。其の一つは殆どの動物の種が険しい自然に対して続けなければならない生存の為の闘争の極端な過酷さである。定期的に自然の作用で起こる生命の大規模な損失、そして私の観察の対象になった其れに続く広大な地域での生命の不足(大量の死によって動物の数が少なくなる事)。そしてもう1つは、動物が溢れるように繁栄している数少ない場所でも、同じ種に属する動物の中で、殆どのダーウイン信奉者達に主要な生存の為の闘争の性質で、(ダーウイン自身は常にそうではなかったのだが)主要な進化の要素と考えられている生存の為の手段としての激しく苦々しい闘争を私は------熱心に探していたのだが-------見つける事が出来なかった。』


What can we make of Kropotkin’s argument today, and that of the entire Russian school represented by him? Were they just victims of cultural hope and intellectual conservatism? I don’t think so. In fact, I would hold that Kropotkin’s basic argument is correct. Struggle does occur in many modes, and some lead to cooperation among members of a species as the best pathway to advantage for individuals. If Kropotkin overemphasized mutual aid, most Darwinians in Western Europe had exaggerated competition just as strongly. If Kropotkin drew inappropriate hope for social reform from his concept of nature, other Darwinians had erred just as firmly (and for motives that most of us would now decry) in justifying imperial conquest, racism, and oppression of industrial workers as the harsh outcome of natural selection in the competitive mode.
クロポトキンの議論と彼によって代表される全てのロシア学派を今日我々は如何受け止める事が出来るのだろうか?彼等は文化的希望と知識的保守主義の単なる被害者だったのだろうか?私はそうは思わない。実は私はクロポトキンの基本的な議論を正しいと思っている。闘争(競争)は色々な形態で起こり、其の中の或る物は同じ種のメンバーの間で最良の個体の利益への経路として協力に導くのである。クロポトキンが相互扶助を強調し過ぎしたとすれば、西ヨーロッパのダーウイン主義者達は同じ様に競争を強く誇張した。クロポトキンが自然についての概念から社会改革の為に不適切な希望を引き出したとすれば、他のダーウィニズム主義者は同じ様に頑強に帝国主義的征服、人種差別、工業労働者に対する抑圧を競争形態の自然淘汰の厳しい結果として正当化する間違いを犯した。

I would fault Kropotkin only in two ways – one technical, the other general. He did commit a common conceptual error in failing to recognize that natural selection is an argument about advantages to individual organisms, however they may struggle. The result of struggle for existence may be cooperation rather than competition, but mutual aid must benefit individual organisms in Darwin’s world of explanation. Kropotkin sometimes speaks of mutual aid as selected for the benefit of entire populations or species – a concept foreign to classic Darwinian logic (where organisms work, albeit unconsciously, for their own benefit in terms of genes passed to future generations). But Kropotkin also (and often) recognized that selection for mutual aid directly benefits each individual in its own struggle for personal success. Thus, if Kropotkin did not grasp the full implication of Darwin’s basic argument, he did include the orthodox solution as his primary justification for mutual aid.

私は唯2つのやり方でクロポトキンに間違いがある可能性がると思う----------1つは技術的(科学的)問題でもう1つは一般的な見方である。クロポトキンは自然淘汰はどの様な闘争が為され様とも個体への利益についての議論であると言う事を認識する事が出来なかったと言う一般的な失敗を犯した。生存競争の結果は競争ではなく協力であるかもしれないが、然し、ダーウインの世界での説明では相互扶助は個体の利益にならなければならない。クロポトキンは時折りダーウイン主義論理(潜在的であったとしても有機体〔生物〕は遺伝子を将来の世代へ渡すと言う自身の為に活動する)にとっては異邦人的論理である相互扶助は生物の群れ全体や種全体の利益の為に選択されたと話している。然し、クロポトキンは又(そしてしばしば)相互扶助の選択は成功の為の個人的闘争によって直接的に各個体への利益になると認めている。故に、若しクロポトキンがダーウインの基本的議論から生まれる全体的影響を把握しなかったとしても、彼はダーウイン主義の伝統的解決法を相互扶助の基本的正当化の為に取り入れたと言う事である。

More generally, I like to apply a somewhat cynical rule of thumb in judging arguments about nature that also have overt social implications: When such claims imbue nature with just those properties that make us feel good or fuel our prejudices, be doubly suspicious. I am especially wary of arguments that find kindness, mutuality, synergism, harmony – the very elements that we strive mightily, and so often unsuccessfully, to put into our own lives – intrinsically in nature. I see no evidence for Teilhard’s noosphere, for Capra’s California style of holism, for Sheldrake’s morphic resonance. Gaia strikes me as a metaphor, not a mechanism. (Metaphors can be liberating and enlightening, but new scientific theories must supply new statements about causality. Gaia, to me, only seems to reformulate, in different terms, the basic conclusions long achieved by classically reductionist arguments of biogeochemical cycling theory.)
もっと一般的に言うと、私は自然についての議論を判断する為の明らかな社会的影響もある一寸シニカルな簡単な判断基準を当て嵌めて見たい。其れは------------或る特定の主張が自然に特定の色付けをし、其の性質が我々の気分を良くしたり若しくは差別を増長する様な時は2倍懐疑的にならなければならない。親切心、相互扶助、シナジー主義(神人協力説、相乗作用)、調和、等の正に其の要素の為に、我々が力を入れて努力し、頻繁に失敗しながら我々自身の生活(社会)に取り入れ様としている物を自然の固有のものと見出す議論に私は特に注意している。ティラードのノアスフィアやキャプラのカリフォルニアスタイルのホーリズムやシェルドレイクのモールフィックリゾナンス等の証拠は私には見えない。ガイアは私にはメカニズムではなく隠喩の様に聞こえる。(隠喩は開放的だし啓蒙的〔新しい事を習うと言う意味〕ではあるが、新しい科学的仮説は因果関係についての新しい意見の発表をしなければならない。ガイアは大昔に還元主義者によって達成された生物地球化学還流説についての議論の基本的帰結を違った用語で再公式化しただけの物の様に私には受け留められる。)

Pierre Teilhard de Chardin ピエール ティラードゥ シャルダン:フランスのジェズイット派の神父、哲学者。

noosphereノアスフィア:geosphere( ジオスフィア〔地殻〕鉱物圏)を生物の発生がbiosphere(バイオスフィア生物圏)に変えた様に人間の思考が次の段階の圏としてnoosphereノアスフィア(精神圏?)を作り出すという仮説。
Holismホーリズム:ギリシャ語のHolos(ホロス)全体と言う単語から作られた名詞。地球の鉱物、生物、等々全てが一つの存在であり個々は特定の場所で全体の一部として存在意義があり一部無しに全体は存在しない--------現代的な個々が肉体によって別けられる様な認識は出来ない概念。

Rupert Sheldrakeルーパート シェルドレイク:英国の生化学者、植物生理学者。Morphic fieldモールフィックフィールド、Morphic resonanceモールフィクリゾナンス、等の新しい概念を進化論や生態系の科学に持ち込んだ事で有名。

Gaiaガイア:御存知James Lovelockジェームスラヴロックによって提唱された地球と地球に住む全ての生命体が一つの関連した生命体であると言う様な説。


There are no shortcuts to moral insight. Nature is not intrinsically anything that can offer comfort or solace in human terms – if only because our species is such an insignificant latecomer in a world not constructed for us. So much the better. The answers to moral dilemmas are not lying out there, waiting to be discovered. They reside, like the kingdom of God, within us – the most difficult and inaccessible spot for any discovery or consensus.
道徳の本質を見抜く為には近道は無い。自然は基本的に人間に安楽さや癒しを提供はしない--------我々人類が我々の為に造られていない世界に遅れてやって来た取るに足りない存在であると単に仮定しての事だが。其れよりも道徳的ジレンマへの答えは外界に発見されるのを待って横たわっては居ない。其れは神の王国の様な我々の心の中に存在している-------発見や合意の為には最も困難で近づき難い場所に---------。

ejnews: 今回はMarxists Internet Archive(マルキシストインターネットアーカイヴ)と言うマルクス主義のサイトからクロポトキンの自然観察によって裏付けされたアナキズム批判の記事でした。前回はアナキズム賛同派のクロポトキンに好意的な記事でしたので今回はバランスを取る為にマルキシストのサイトから記事を選びました。
 此の記事を書いた古生物学者、進化論学者、科学についての歴史家であったスティーヴン ジェイ グールドもクロポトキンの相互扶助の思想は完全ではないが一つの民主的社会を達成する為の思想の可能性である事を認めているようです。グールド氏は自身でも言っている様に少々シニカルで古い既成の科学と言う概念で進化や科学を捉え過ぎている様に私は思いますが、彼は2002年に亡くなっていて、此の記事も1997年の物ですから、其の後の科学的進歩による最近の研究で高等類人猿等(イルカや鯨等も同様の可能性がある)の脳は他の個体に対する“思いやり”を持つ様に発展したという研究結果を彼が知らなかった、つまりクロポトキンの“相互扶助論”は現代の脳神経科学でも間違った仮説ではなかった事が証明された事を知らなかったのです。
 日本では共産主義や社会主義についての議論や研究はどうなっているのか私にはもう解からなくなってしまいましたが、アナキズムに関しては日本ではもう忘れ去られた社会主義になっている様に感じています。然し欧米では民主主義を推進する為の思想として多くの人々によって研究が続けられ、そしてG7とかG8とか呼ばれる国際資本層の会合には常に其れに反対するデモ隊の中にアナキズムのシンボルの黒い旗や円の中にあるAのアナキズムのシンボルを掲げて参加している人々が見受けられます。
 アナキズムはマルクスがバクーニンをファースト インターナショナルから追い出した時にアナキズムが論理的欠陥を曝け出したからだと理解している方も居られるようですが、(そして其れが日本でアナキズムに人気の無い一因かも?)史実ではマルクス派が偽の代表者の書類を捏造し反バクーニン投票が多い様に見せかけ追い出してしまったのです。此の史実について疑問を持つ歴史家は欧米ではもう存在しないようですが、日本ではマルキシストのデッチアゲが未だに真実として受け入れられている様で残念です。(日本のウキペディアでも未だに疎の様な説明になっています!)


 ファースト インターナショナルでのマルクス派によるバクーニン派の追い出し工作は-----------ニューヨークで古典アナキズムと新しい世代のアナキズムの橋渡しをしたSam Dolgoffサムドルゴフ氏によると--------

All responsible historians insist that Bakunin and his close comrade James Guillaume were expelled in a rigged congress packed by hand picked "delegates" who "represented" non-existent sections of the International.
全ての責任感を持っている歴史家はバクーニンと彼の同志ジェームスギョームは(マルクス派によって)選ばれた存在しないインターナショナルの一派を代表する代表団によって満員の不正に操作された議会において追放されたと主張している。

Marx's friend Sorge, residing in the United States, sent Marx a dozen blank credentials from non-existent groups which Marx distributed to his stooges. Seraillier, Secretary for France, in the General Council, also came to the Congress with a handful of credentials which could not be verified. Of the five members of the Commission of Inquiry chosen to investigate the charges against Bakunin and other libertarian members of the International and report their findings to the Congress, one, Walter (whose real name was Von Heddeghem) was a Bonapartist police spy. The Commission reported that "... the secret Alliance did at one time exist, but there is INSUFFICIENT PROOF OF ITS CONTINUED EXISTENCE..." (my emphasis) Nor could the Commission prove that the Alliance established rules opposed to the rules of the International when it did exist. Roch Splingard, a member of the Commission submitted a minority report contending that Bakunin was being indicted on insufficient evidence. He declared that "...I am resolved to fight the decision before the Congress..."
アメリカに住んでいたマルクスの友人ソルジは存在しない団体の白紙の12枚程の資格証明書をマルクスに送り其れをマルクスは彼の子分達に配ったのである。総務会でのフランスの書記長セラリエーもまた一握りの確認出来ない資格証明書を持って議会に現れた。インターナショナルのバクーニンと他のリバタリアンメンバーに対する非難を調査する為に選ばれた委員会の5人のメンバーと議会への其の調査された報告は、1つはワォルター(本名はフォン ヘッジゲム?)はボナパルト派の警察のスパイと言う事だった。委員会は“秘密の同盟は過去に何時か存在はしていたが、然し其の存在が続いていると言う証拠に欠けている”とし又、其の秘密の同盟が存在していた当時インターナショナルの規則に対抗する規則を設定した事も証明できなかった。委員会のメンバーであったロックスプリンガードはバクーニンは不十分な証拠によって告発されたと非難した反対意見書を提出している。彼は“私は議会において此の決定に対し戦う事を決意した。”と宣言している。

On the last day of the Congress after over half the delegates went home, the Marxist clique staged a successful coup to kill the International by moving its headquarters to New York. Nearly all the delegates, including Marx's strongest supporters, refused to accept the decisions of the Marx-Engels cliques. They joined the Bakuninist sections of the International, not because they agreed with their anti-statist, anti-parliamentary political action policies, but because they demanded the complete autonomy of the sections irrespective of different political or social ideas. They revolted because the phony Congress enacted a resolution giving the Marxist dominated General Council power to expel sections and even whole federations from the International.
議会開催最終日、代表団の半数以上が帰郷した後、マルキシストの派閥は本部をニューヨークに移す事でインターナショナルを潰すと言うクーデターを成功させた。マルクスの最も強い支持者達も含めて殆ど全ての代表団はマルクスとエンゲルスの派閥の決定を受け入れる事を拒否した。バクーニンの反国家体制主義や反議会制政治活動政策に賛成したのではなく、政治的相違や社会的アイデアの相違に関わりなく完全な自由を要求し彼等はバクーニン派のインターナショナルに参加した。彼等は偽りの議会がマルクス派が支配する総務会に派閥や全フェデラリストまでもをインターナショナルから追放する権力を与える決議を成立させた事に対して反抗したのである。

http://www.connexions.org/RedMenace/Docs/RM4-DolgoffonBakuninvsMarx.htmより。
Sam Dolgoffサム ドルゴフ著


ejnews: ソ連や中華人民共和国の最終的な機能不全を見るとマルキシズムによるプロレタリア独裁中央集権社会主義は基本的に民主主義とは正反対の方向に社会を導き、反面、西欧資本主義社会でもレーゼーフェア自由市場経済主義若しくは経済ネオリベラリズムを使った資本層の詐欺により現在の国際金融危機を招き(アメリカでは此の偽経済主義の現実社会への影響として産業、市場の独占化が進み産業、消費者の疲弊を招いています)資本主義も企業と呼ばれる軍隊の様な階級組織に頼っている限り民主的人間社会を築く為には経済ネオリベラリズムとは反対に資本主義は規制や法律によって監視されなければならないと言う事が再証明され、あの神の様に崇められていたアイン ランドの弟子で彼女の後継者グリーン スパンも『私の信じていた主義は間違いだった。』等と認めなければならない羽目に陥ってしまったのです。
 兎に角、アナキスト達(リバタリアンソシャリスト)が提唱している“人は人を支配しない”と言う原則のある民主的な社会を築く実験は最近南米で盛んに行われて居る様でcorporationコーポレイションに代わりに多くのcooperativeコーワポラティヴ若しくはコープ(参加者の自由意志によって合意を築き運営される集団)が設立されていると言うニュースを良く見ます。世界的に階級的組織の代表である多国籍企業や軍事経済大国により地球の資源や人々の生活が脅かされている現在我々日本人も、アナキズムを真剣に捉える時期が来ているのではないでしょうか?


クロポトキン


蟻の社会の相互扶助


トルストイ




アナキズム関係の過去記事は下記です。

Noam Chomsky ノーム チョムスキー

Anarchism  アナキズム

May Day メーデー (メイ デー)

メーデーの起源についての短い説明

Descent of Man [ 1871 ]  人類の進化

クロポトキン


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クロポトキン

Prince Kropotkin
クロポツキン王子(クロポトキン)

(クロポトキンはロシア皇帝の親戚に当たる貴族の家系に生まれたのでプリンスと言うニックネームで呼ばれている)

http://www.fguide.org/?p=129

Wednesday, March 17, 2004 by Center for Popular Economics
2004年、3月17日、センター フォー ポピュラー エコノミックス より。

By Suresh Naidu, CPE Staff Economist

Piotr Kropotkin is famous within two groups that one never sees at the same party. The biologists and evolutionary anthropologists who derive inspiration from Kropotkin’s research into the evolution of human sociality rarely intersect with the anarchists and political theorists who respect Kropotkin’s views on revolutionary change and the abolition of the state and private property. However, there was no disparity for Kropotkin, who derived many of his political beliefs from his studies of human and animal evolution.
ピョートルクロポツキンは2つのグループの間で有名であるが、其の2つのグループが同じ物であるとは(同じクロポツキンの思想に影響されているとは)誰も思わないのである。クロポツキンの人類社会の進化の研究からインスピレーションを導き出している(誰も同じものと思っても見ない)生物学者と進化論人類学者達はクロポツキンの革命的改革と政府と個人資産の廃絶に対する視点を尊敬しているアナキストと政治理論家たちは殆ど御互いに交わり合う事は無い。然しながら、彼の多くの政治的信念を人類と動物の進化から導き出したクロポツキンには不一致は見られない。

Kropotkin had a long and interesting life. Born in 1842 to Russian nobility, he began his career as an exemplar of his class, serving in the military during the Crimean War, but eventually wound up working with the revolutionary Jura Federation. His politicization followed lengthy and difficult travels, during which he developed a deep affinity for the Russian peasants and workers he encountered. Later cut off from any political influence by Lenin, Kropotkin’s last writings were notable predictions of the tyranny that would result from the Bolshevik retention of wage labor and reliance on state coercion.
クロポツキンは長く興味深い生涯を送った。1842年ロシアの貴族として生まれ、彼のキャリアーはクリミア戦争で軍人として仕える事によって彼の所属する階級の模範として始まった。然し、最終的に革命的ジュラ連盟と協力し働く事になってしまった。彼の政治的な成長は途中に出会ったロシアの農民と労働者達に深い親近感を抱く様になった長く困難な旅を追っている。後にレーニンによって全ての政治的影響力を断ち切られたクロポツキンの最後の著作はボルシェビックによる賃金労働の保持と抑圧的政治への依存の結果としての専制についての特筆すべき予言であった。

A large portion of contemporary social and biological science follows in the footsteps of Kropotkin’s academic work. Responding to the social Darwinism of his day, he wrote his primary scientific work, Mutual Aid: A Factor of Evolution, arguing that a major factor in the evolutionary success of humans was a predisposition to cooperate and share, without the need for institutions such as the market or the state.
現在の社会学と生物科学の大部分はクロポツキンの学術研究の足跡を追っている。クロポツキンの時代のソシアルダーウィニズムへの反応として彼は彼の最も重要な科学的著作“相互扶助論:進化の要因”を表した。彼は其の中で、人類進化の成功の重要な要因は市場や政府(国家)等と言う制度の必要性とは無関係に、協力と分配と言う性質であったと議論している。

Modern day research has provided overwhelming evidence to corroborate Kropotkin’s thesis. Anthropologists and archaeologists have found widespread decentralized cooperation within many non-industrial societies. Experimental economists have definitively shown that people are not classically selfish, with people often giving away substantial amounts of money and actively cooperating in laboratory settings, even against their narrow self-interest. This is not merely “enlightened self-interest,” rather a deeply seated desire for fairness as an end in itself (this desire may or may not have roots in biology). Biologists have acknowledged that competition among early human groups could have contributed to the evolution of cooperative behavior on the part of individuals.
現代の研究はクロポツキンの論文を裏付ける圧倒的な証拠を提供している。人類学者と考古学者達は多くの工業化されていない社会での広範囲に亘る非中央集権的(分権的)協力を発見している。実験的経済学者達は人々が頻繁にかなりの金額を寄付し実験的環境に置いて個人の狭い自己利益に反してまで積極的に協力している事で人間は古典的自己中心主義ではない事を示している。此れは単に“啓蒙化された自己利益”ではなく、どちらかと言えば人間に根深く存在する其れ自身が目的である公平への欲求である。(此の欲求は根源が生物的な物かも知れないし、そうでないかも知れない)初期の人類のグループ間の競争が個々の人間の協力的行動の進化に寄与したかも知れないと生物学者達は認めている。

Much of this literature has paralleled Kropotkin in refuting a naive socio-biological theory of human behavior. Rather than concocting stories that rationalize the current order in terms of fitness, it points to potential ways of organizing human interactions that can replace the dominant institutions of our day with something more democratic and egalitarian. Kropotkin built his belief in anarchism on the knowledge that people can organize their lives without self-interest or governmental coercion as prerequisites for large-scale cooperation.
多くのこれ等の著作はクロポツキンが人間行動についてのナイーヴな社会生物学論に対して唱えていた異議と同様である。適応性と言う言葉で現在の社会階級を話をでっち上げて正当化するよりも、其れは現在の支配的機構をより民主的で平等な何かによって置き換える人間の交流や意思の疎通を組織する可能性のある方法を示している。クロポツキンはアナキズムの此の信条を、大規模な協力の為に人間は自己利益や政府の抑圧を必須条件とせずに我々の社会を組織する事が出来ると言う知識の上に打ち立てた。

There are many current examples of such cooperation. Elinor Ostrom and colleagues are documenting community management of scarce resources and public goods provision without the aid of governments or market pricing systems. Steve Lansing examines how Balinese rice farmers coordinate their complex ecological interactions with a few simple rules. Yochai Benkler identifies Open-Source Software as an example of large-scale non-market, non-state coordination. Erik Olin Wright and others study how participatory directly democratic institutions function to solve practical problems from Kerala to Chicago. Human institutions that harness the natural propensity to cooperate (and sometimes punish those who do not) are quite pervasive.
この様な協力の現在社会での例は多い。エリノア オストロムと彼女の同僚達は政府の支援や市場での価格決定システム無しで希少な資源と公共資産の支給のコミュニティーによる管理を記録している。スティーヴランシングはバリ島の稲作農家がどの様に複雑な環境連鎖を少数の単純な規則で調整しているかを調べている。ヨーチャイベンクラーはオープンソースソフトウエアーが巨大な非市場、非政府調整の例だと認識している。エリックオーリンライトと他の人々は直接参加民主主義機構はケララからシカゴまでの現実的問題をどの様に解決しているのか研究している。協力する(時には協力しない者を罰する)と言う自然の傾向を利用する人間の機構(組織)は広範に存在している。

Elinor Ostromエリノア オストロム:2009年のノーベル経済賞受賞。

Yochai Benkler ヨーチャイ ベンクラー:ハーヴァート ロー スクールの教授。The Wealth of Networksの著者


The political implications Kropotkin drew from his work are not the ravings of a lunatic egghead. Anarchism is commonly caricatured as naive, or worse, a haven for would-be terrorists. Instead, the politics advocated by Kropotkin are best interpreted as general principles. First is an ethical imperative, that there is no policy substitute for social norms and ideals of behavior - a belief that one’s personal behavior can either reinforce or undermine the status quo. The second is a deep suspicion of facile state or market fixes to social problems. Together, these imply respecting and considering people’s abilities to develop community solutions and autonomously self-organize before suggesting “policy” or “market” solutions. Kropotkin’s mix of science and politics are not vestiges of a bygone age, but very relevant ideas deserving greater intellectual and political engagement.
クロポツキンが彼の研究から引き出した政治への影響は狂気のインテリのたわ言ではない。アナキズムは一般的にナイーヴで、又は悪い場合はテロリストになる可能性のある人間の天国と風刺されているが、其れとは反対に、クロポツキンによって提唱された政治思想の最も適切な理解は(政治の)一般的原則として捉えられている。第一番目は倫理的規範で、個人的な行動が現在の(社会)状態を補強するか若しくは弱体化させると言う信条から--------倫理に取って代る社会規範と人間の習慣や行動の理想についての(政府の)政策は存在しない。第2番目は社会問題についての安易な解決法や市場経済による改善についての深い疑いの念である。上記の2つは“政策”若しくは“市場経済による解決手段”を示唆する前にコミュニティー自身の解決策を考え出す人々の能力と自治的にコミュニティーを組織する事を尊敬し考慮すると言う事を意味している。クロポツキンの科学と政治の混合物は過ぎ去った時代の名残ではなく、より知的で政治的な注目が与えられるべき現代でも重要なアイデアである。


ejnews:  日本ではアナキストと言うと一般のアメリカ人が信じている様に過激派革命思想の持ち主だと恐らく考えられていると思います。世界的にアナキズムと言う思想は過激革命思想か、若しくは過去のナイーヴな思想だと思われている理由は、先ず、アナキスト達は過去の国家の歴史を研究し“国家とは税金を国民から搾り取る道具か、国家支配層の為市民を戦争に駆出す等一般市民には余り利益にならない物”だと考えていたので当時の政府(当時の多くの政府は王政や圧政的中央集権国家)から危険分子だと考えられ、又ロシアのボルシェビッキ革命(レーニンの築いたソ連、ボルシェヴィッキ革命は一党独裁の圧政的中央集権国家だった)の基本思想となったマルクス主義側からもアナキズムが中央集権を否定している理由で敵視されたからです。(ボルシェヴィッキ革命はプルードン、バクーニン、クロポツキン(クロポトキン)等のアナキスト達が予言していた様にマルキシズムの“無産階級による独裁”dictatorship of the proletariat、 後に“ビッグブラザー”(“アニマル ファーム”や“1984年”のジョージ オーゥエルGeorge Orwellの著書は彼がスペイン内乱への義勇軍兵士としてソヴィエト共産党員の行動を観察した経験によってインスピレーションを受けているとの事です。確かに彼の“ホーメッジ ツー カタロニアHomage to Catalonia”と言う著書には種々の興味深い実話が記述されています。)によって支配される圧政的中央集権政府を作り出し、終局的にゴルバチョフ時代に崩壊してしまったのは皆さんの御記憶にあると思います。

 クロポツキン(クロポトキン)がマルキシズムを選ばずアナキストになった理由の一部を彼の“Memoirs of a Revolutionist(革命家の回想)”に見る事が出来ます。


The separation between leaders and workers which I had noticed at Geneva in the Temple Unique did not exist in the Jura Mountains. There were a number of men who were more intelligent, and especially more active than the others; but that was all. James Guillaume, one of the most intelligent and broadly educated men I ever met, was a proof-reader and the manager of a small printing-office. His earnings in this capacity were so small that he had to give his nights to translating novels from German into French, for which he was paid eight francs -- one dollar and sixty cents -- for sixteen pages!
ジュネーヴのテンプル ユニークで気がついた指導層と労働者達との遊離はジュラ山系には存在しなかった。ジュラ山系にはもっと多くの知識の広い、特に他よりももっと活動的なメンバーの存在があったが然し其れだけであった。ジェームス ギヨーム、彼は小さな印刷会社の主任で校正係りで、私が会った人の中で最も知識があり広く教育の有る人物の一人であった。彼の此の職での収入は非常に少なく、夜間、彼の時間をドイツ語からフランス語への小説の翻訳の為に割かなければならなかった。其れにより彼は8フランの支払いを受けた16ページの翻訳で1ドル60セントなのだ!

Temple Uniqueテンプル ユニーク:当時ジュネーヴにあったフリーメイソンの寺院で各種の社会主義運動に貢献していた。
James Guillaumeジェームスギヨーム:バクーニンの知人、クロポツキンがアナキストになる大きな原因となった人。バクーニンの伝記を著しバクーニンの多くの著書を編集した。



The theoretical aspects of anarchism, as they were then beginning to be expressed in the Jura Federation, especially by Bakúnin; the criticisms of state socialism -- the fear of an economic despotism, far more dangerous than the merely political despotism -- which I heard formulated there; and the revolutionary character of the agitation, appealed strongly to my mind. But the egalitarian relations which I found in the Jura Mountains, the independence of thought and expression which I saw developing in the workers, and their unlimited devotion to the cause appealed far more strongly to my feelings; and when I came away from the mountains, after a week's stay with the watchmakers, my views upon socialism were settled. I was an anarchist.


ジュラ連盟で特にバクーニンによって説明し始めれれていたアナキズムの論理的な面、国家社会主義への批判----単なる政治的暴政よりも遥かに危険な経済的な暴政への恐怖----それらは私が其処で理論化されたのを耳にし、そして、革命的な性質のアジテーションは強く私の心を誘った。然し、ジュラマウンテンで私が見つけた平等な関係、私が見た労働者間で発展している他人から制約されない思考と発言、限りない信念への献身は比較出来ないほど私の心を惹きつけた。そして、時計作り職人達と共に過ごした数週間の後ジュラ山系から立ち去った時私の社会主義に対する意見は固まった。私はアナキストなのだ。

Jura Federation ジュラ連盟:スイスアルプスのジュラ山系にあった主に時計製造職人達のアナキズム派社会主義運動団体。

 ejnews: 日本でもクロポツキンが幸徳秋水等に影響を与えた事は歴史の時間に習ったのでアナキズムと言うと幸徳秋水の“大逆事件”を思い浮かべる方も多いと思います。此の日本での大逆事件の様に世界中でアナキスト達は迫害を受け続け権力のプロパガンダよってアナキズムは過激革命主義か、又はマルキシスト達からナイーヴな理想主義と言う烙印を押されてしまったのです。
 然し、アナキズムは現在では専らリバタリアンソシャリズムLibertarian socialismと呼ばれ(ノムチョムスキーはリバタリアンソシャリズムを擁護している代表的人物)又、此の記事に登場する(此の記事は2004年に書かれているので此の記事の筆者はオストロム女史がノーベル賞を受賞した後でクロポツキンとオストロム女史を結び付けたのではない)2009年のノーベル経済学賞受賞者Elinor Ostromエリノアオストロム等もクロポツキン等の説いていた経済的社会のあり方と殆ど同じ事を研究しているのです。 
 過去に労働者の祭日“メーデー”の起源となったシカゴで起こった1日8時間労働制を求めた労働者達のデモ等にもアナキスト達は大きな影響力を及ぼし、スペイン内戦時にもアナキズムの一派のアナコ シンディカリスト(CNT)達がヒットラー、ムッソリーニ、アメリカのロックフェラー傘下のテキサス オイル カンパニー、スタンダード オイル オブ ニュー ジャージーの石油企業やフォード、GM、デュポン等の支援によるファシスト フランコ クーデター軍と戦った民主主義を擁護していた共和派政権の大きな勢力であった事は有名な史実ですが、此の記事の冒頭にもある様に現在ではアナキズム(リバタリアンソシャリズム)は人間と人間社会のあり方について真摯に考える全ての分野に大きな影響を与え続けています。


CNT (Confederación Nacional del Trabajoコンフェデラシオン ナシオナル デル トラバホ)とはスペイン内戦当時のアナコシンディカリストと呼ばれるアナキズムの一派の組合組織で“国家労働連盟”若しくは“全国労働連盟”と言う意味。


アナキズムを説明しているサイトでのアナキズムの要素の抜粋は下記

http://anarchism.pageabode.com/afaq/secA2.html#seca21より。

Anarchists are not against "authorities" in the sense of experts who are particularly knowledgeable, skilful, or wise, though they believe that such authorities should have no power to force others to follow their recommendations. In a nutshell, then, anarchism is anti-authoritarianism.
アナキスト達は或る意味での特別な知識、技術、賢者、そして、其れ等の権威は権威自身の提案やアドヴァイスを他の人々に押し付ける権力を持つべきではないと信じてはいるのだが“権威”すべてに反対している訳ではない。手短に言うとアナキズムは反権威主義と言う事である。

Anarchists are anti-authoritarians because they believe that no human being should dominate another.
アナキズムは彼等が“どの人間も他の人間を支配するべきではない”と信ずる事によって反権威主義である。

Domination is inherently degrading and demeaning, since it submerges the will and judgement of the dominated to the will and judgement of the dominators, thus destroying the dignity and self-respect that comes only from personal autonomy. Moreover, domination makes possible and generally leads to exploitation, which is the root of inequality, poverty, and social breakdown.
支配と言う物は被支配者の意志と判断を支配者の意志と判断より低い地位に置き隠しさり、其れにより個人的自由のみにより生まれる(人間の)威厳と自尊心を破壊し、本質的に(人間性を)劣悪化させ屈辱的なのである。其れ以外にも、支配は不平等、貧困、そして社会の崩壊の根源である搾取を可能にし、(支配は)一般的に搾取に導くのである。

Co-operation between equals is the key to anti-authoritarianism. By co-operation we can develop and protect our own intrinsic value as unique individuals as well as enriching our lives and liberty------------
平等な人間同士の協力は反権威主義の鍵である。平等な人間同士の協力は我々自身の本来備わっている価値観と個人の固有性を発展させ擁護し、そして又、我々の生活と自由を豊かにする。

What we want is the abolition of influences which are artificial, privileged, legal, official
我々が望んでいる事は人工的、特権的、法的、公職的な影響力の廃絶なのです。

This is because hierarchical systems like capitalism deny liberty and, as a result, people's "mental, moral, intellectual and physical qualities are dwarfed, stunted and crushed"
此れは資本主義の様な階級性システムは自由を否定し、その結果として人々の精神的、倫理的、知識的、肉体的性質は矮小され、成長が止められ踏み潰されるのだ。

Thus one of "the grand truths of Anarchism" is that "to be really free is to allow each one to live their lives in their own way as long as each allows all to do the same." This is why anarchists fight for a better society, for a society which respects individuals and their freedom. Under capitalism, "[e]verything is upon the market for sale: all is merchandise and commerce" but there are "certain things that are priceless. Among these are life, liberty and happiness, and these are things which the society of the future, the free society, will guarantee to all."
と言う事で“アナキズムの偉大な真理”の一つは“本当に自由であると言う事は、全ての人々が御互いに同様に人々に対処する限り、各個人の特有の生き方を許すと言う事である。”此の理由でアナキスト達は社会が各個人と彼等の自由を尊重するより良い社会の為に戦っている。資本主義下では“全てが市場での売り物で:全てが商品と商売”なのだが或る特定の物は値段を付ける事が出来ないのである。其の中には生命、自由、幸福、があり、そして未来の社会、自由な社会は全ての人々にそれらを保証するのである。

 次回のクロポツキン(クロポトキン)についての記事の翻訳はStephen Jay Gould, “Kropotkin Was No Crackpot,”を予定しています。

アナキズム関係の過去記事は下記です。

http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-180.html

http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-171.html

http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-28.html

http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-182.html

http://eigonihongonews.blog110.fc2.com/blog-entry-160.html

では今日は此れまで。民主主義を排除し様とする権威に支配されない、全ての人間が御互い尊敬しあう社会を目指して頑張りましょう。Comrades!

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明けましておめでとうございます!

ejnews:  明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。
 皆さん御正月は如何でしたか?私はノンビリと何もしない寝正月を楽しんでいます。新年に入ってもアメリカでは昨年の続きで特に“此れは民主主義が機能し始めている!“と言う様なニュースは未だ見られないようです。
 処で、クリスマスの前に久しぶりに3人の子供達(子供達と言っても22歳~20歳)とAvatarアヴァターと言う映画を見ました。此の3D CGI映画は“若しアメリカの原住民アメリカインデアンの文明が西洋の資本主義文明に征服されなかったら”と言う世界をScience fictionサイエンス フィクション(Sci Fi サイファイ)で描いた映画で、1960年代に発表された地球(地球自体を含めた地球に住む全ての生物や環境)は一つの巨大な生命であると言う英国の科学者James Ephraim Lovelock ジェームス ラブロックの“Gaia hypothesisガイア仮説”と全く同じ世界観である日本のアイヌ、オーストラリアのアボリジニ、アメリカインデアン等の世界観を新しい世界文明の指針にする事以外地球が生き残る方法が無いのではないかと言う子供達にとって非常に大切なメッセージを送っています。余談ですが、御存知のようにAVATARはインドのヒンドゥー教でAvatar若しくはAvataraと言われるdeities(神々)の現世界でのmanifestation(人間に見える様に現れた形態)と言う意味で特にVishnuヴィシュヌのアヴァターは有名です。

 では早速新年早々私のrant diatribe  pontification(此の3つの言葉は私のブログでの意見の自虐的表現です)を始めさせて頂きます。


rant 激しい口調で語る事。
diatribe 厳しい辛辣な口調の批判、攻撃、等々。
pontification 意見や批評を教理的(ドグマ的)に述べる行為。


 最近(世界的金融危機の後特に)欧米ではマルクスの著書が多く読まれていますがマルキシストの単純な階級闘争は余りに単純な人間社会の理解の仕方で、21世紀の人間でマルキシズムを其のまま受け入れている人はいないと思います。現在のアメリカの状況を見ていると支配階級によって劣悪化された教育によって殆ど無知にされた米市民の多くは政治機構が支配的資本層によってコントロールされている事に殆ど気がついていない様で、又、多くの米市民は選挙で投票する事が民主主義と勘違いしていて、投票以前に投票決定した自身の思考過程を全く批判的に考える能力を失っている米市民が多い様に感じられます。
 では米市民がボンヤリと感じている米合衆国の民主主義政治形態はとは一体どの様な形態だと考えられるのでしょうか?
 先ず最初にPlutocracyプルトクラシーと言うアメリカで政治関係のニュースや書物を読む時に絶対行き当たる英単語を下記で紹介させて頂きます。


Plutocracy プルトクラシー (From Wikipedia)

Plutocracy is rule by the wealthy, or power provided by wealth. In a plutocracy, the degree of economic inequality is high while the level of social mobility is low. This can apply to a multitude of government systems, as the key elements of plutocracy transcend and often occur concurrently with the features of those systems. The word plutocracy (Modern Greek: πλουτοκρατία - ploutokratia) is derived from the ancient Greek root ploutos, meaning wealth and kratein, meaning to rule or to govern.
プルトクラシーは富による支配と言う意味、若しくは富によって提供された権力と言う意味。プルトクラシーでは経済的不平等の率は高く社会階級的移動の率は低い。此れは種々の政府形態に当て嵌められ、プルトクラシーの基本的な要素は(政治形態の)枠を超えていてしばしば同時にこの様な政治形態の特徴として現れる。此の言葉プルトクラシーは古代ギリシャ語のploutos意味は“富”とkratein意味は“支配若しくは治める”と言う意味の言葉に根を持っている。

The term plutocracy is generally used to describe two distinct concepts: one of a historical nature and one of a modern political nature. The former indicates the political control of the state by an oligarchy of the wealthy. Examples of such plutocracies include some city-states in Ancient Greece, the civilization of Carthage, the Italian merchant republics of Venice and Florence, and Genoa.
プルトクラシーと言う表現は通常2つの際立った概念を説明する為に使われる。:
1つは歴史的性質でもう1つは現代政治の性質である。前者は富裕層のオリガーキーによる国家の政治的支配である。この様なプルトクラシーの例は古代ギリシャの都市国家、カルタゴ文明、イタリアの商業都市共和国のヴェニス、フィレンッツェ,ジェノアを含んでいる。

Kevin Phillips, author and political strategist to U.S. President Richard Nixon, argues that the United States is a plutocracy in which there is a "fusion of money and government." [1].
大統領リチャード ニクソンの政治戦略家、著作家のケヴンフィリップスは米合衆国は“資本(金銭)と政府”の合体したプルトクラシーだと主張している。

----------と言う説明です。此の“資本(金銭)と政府の合体したプルトクラシー”はファシズムに近く、ある辞書でのファシズムの説明は“支配的資本と好戦的愛国主義と右翼政権が合体した政治形態”だと説明されているようです。何だか現在の何処かの国の事のようですね!民主主義の基本的原理は平等ですから特定の民主主義国家内で家系、民族、資産等によって待遇が違うと言う事は基本的に民主主義に反する現象で、例えば資本の政治介入を抑制する事等が民主主義が機能するかどうかの鍵になるのですが、どの社会でも時代によって資本層や軍部等が政治を独占する不幸な時代が見られるようです。皆さんも御存知の様に最近のアメリカではレーゼーフェア自由市場経済資本主義(ネオリベラリズム)と言うスローガンによって特にレーガン政権以降経済活動に対する規制が徐々に削減され(企業や富裕層への税金も大幅に削減され)現在の経済的に不平等なアメリカ社会を作り出し、又企業(特に金融企業)の暴走を許し現在の世界金融危機の原因となっているのです。

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Information is the currency of democracy.情報は民主主義の通貨だ。

Pacifica Radio Network
パシフィカ レイディオ ネットワーク


http://www.nationmaster.com/encyclopedia/Pacifica-Radio-Network
ネイションマスターによると

Pacifica Radio is a network of five independent, non-commercial, listener-supported radio stations in the United States that is known for its leftist and pacifist political views. Some 81 other U.S. community radio stations also carry some Pacifica programming. Pacifica was the first public radio network in the U.S. The network is run by the Pacifica Foundation (a.k.a. Pacifica Radio Foundation).
パシフィカレイディオは商業的でなく聴取者によって支えられている5局の独立したアメリカ合衆国のレイディオステーション(ラジオ放送局)で左翼的、平和主義的な政治視野で知られています。81局に及ぶ他のアメリカのコミュニティーレィディオステーションもパシフィカのプログラムを放送しています。パシフィカは合衆国で最初の公共レィディオネットワークです。パシフィカネットワークはパシフィカファウンデーション(パシフィカレィディオファウンデーションとしても知られている)によって運営されています。

Pacifica Radio's audio archive is the nation's oldest public radio archive,
documenting 50 years of grassroots political and performing arts history. The Pacifica Radio Archive houses original recordings of interviews with
John Coltrane, Lorraine Hansberry, and Langston Hughes, among many
others. John Coltrane John Coltrane (September 23, 1926 – July 17, 1967) was an American jazz saxophonist and composer. ...
パシフィカ レィディオ オーディオ アーカイヴ(パシフィカラジオ録音記録保管所)は国内で最も古いレィディオアーカイヴで50年間の草の根政治とパフォーミングアートの歴史を記録している。パシフィカレィディオアーカイヴは多くの中でもジョンコルトレーン、ロレインハンスベリー、ラングストンヒューズのインタヴューのオリジナルレコーディングを保管している。

History 歴史

Pacifica was founded in 1946 by pacifist Lewis Hill who was born in
Kansas City, Missouri in 1919. During the World War II he filed as a
conscientious objector. After the war he and a small group of ex-
conscientious objectors created the Pacifica Foundation. The
foundation's first project, KPFA in Berkeley, California, was inaugurated in 1949.
パシフィカは1919年ミズーリ州カンサス市に生まれた平和主義者ルイスヒルによって1946年に創設された。彼は第二次大戦中良心的徴兵拒否を申請した。戦後彼と少数の元良心的徴兵拒否者達がパシフィカファウンデーションを創始した。ファウンデーションの最初のプロジェクトであるカリフォルニア州バークレイの放送局KPFAは1949年に発足。

For most of its history, Pacifica gave each of its stations independent
control of programming. Then during the 1990s, the national Pacifica
board attempted to centralize control of content, in order to increase
listenership. The board also proposed changing the network's funding
model away from reliance on listener donations and toward corporate
foundation funding. This led to years of conflict, including court cases, firings and strikes of station staff, and public demonstrations. Many listeners to the individual stations—especially KPFA in Berkeley, California and WBAI in New York City—objected to what they saw as an attempt to tone down the overtly political content on Pacifica stations. The controversy included highly publicized disputes between listener organizations and Mary Frances Berry, the radio network's chairman.
過去の歴史中で殆どの場合パシフィカは其の個々のステーションに番組作りの自由を与えていました。然し、1990年代に聴取者人口を増やす為、中央パシフィカ委員会は番組内容のコントロールを中央集権化し様とし、又委員会はネットワークの運営費調達の仕方を聴取者からの寄付から企業財団からの財源調達に変更する事を提案しました。此の事は訴訟問題、ステーションスタッフの解雇や彼等のストライク、市民のデモも含めた何年もの紛争を引き起こしました。個々のステーションの聴取者達の多くは--------特にカリフォルニア州バークレイのKPFA 、そしてニューヨーク市 のWBAI---------彼等が目撃しているのはパシフィカステーションの政治的過ぎる番組内容を弱める試みだと受け取りました。この問題は広く報道された聴取者の団体と(パシフィカ)レィディオネットワーク委員会会長のマリーフランシスベリーとの間の論争も含んでいます。

The board eventually backed down, was formally censured, and dismissed. Pacifica National News Director Dan Coughlin was voted Interim Executive Director of the network in 2002. But the years of internal legal battles and financial mismanagement had taken a toll. As of late 2003, the network was still on shaky financial ground.
(パシフィカの)委員会は最終的には計画を断念し、彼等は正式に譴責、解任されました。2002年、パシフィカ国内ニュース ダイレクター のダン コフリンは中継ぎのエギュゼキュティヴ ダイレクター(事務局長?)に選挙されましたが、長年の法的内部抗争と経済運営の失策が大きな打撃を与えて2003年後期の段階では未だ経済的に不安定な状態でした。



Stations ステーション

KPFA  94.1 FM in Berkeley, California  バークレイ、カリフォルニア州
http://www.kpfa.org/home

KPFK   90.7 FM in Los Angeles, California  ロサンジェルス、カリフォルニア州
http://www.kpfk.org/

KPFT   90.1 FM in Houston, Texas  ヒューストン、テキサス州
http://www.kpft.org/index.php

WBAI   99.5 FM in New York, New York  ニューヨーク、ニューヨーク州
http://www.wbai.org/

WPFW  89.3 FM in Washington DC  ワシントンDC
http://www.wpfw.org/


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消費者運動の生みの親Ralph Naderラルフネイダーは合衆国のテレビ、ラジオ放送の問題点についてこの様に語っています。

Ralph Naderラルフネイダーの1992年の大統領候補としてのスピーチの一部

The problem is in our minds -- you see? It starts in our minds. We grow up corporate. We grow up accepting the corporate assumptions of the way we look at products, the way we look at environments, the way we look at government, and the way we look at what we own. Yeah there are exceptions and probably a lot of them are in this auditorium. But I'm talking about the general percentages here. And maybe you're not an exception.
問題は我々の頭の中にある---解るかい?其れは我々の頭の中で始まるんだよ。我々は企業として大人になる。我々は我々が製品を見る見方について、環境についての意見、政府についての意見、我々が保持している物について企業の仮定(仮説)を受け入れて大人になる。勿論、例外(である人)もいるよ!恐らく(其の例外の)多くがこの会場に集まっているんだろうけど、然し、私が此処で話しているのは一般的なパーセンテージの事なんだ。そしてあなた方は例外じゃないかもしれない。

For instance someone says to you, We live in a free country -- you're watching a TV program. If you don't like it -- what are you free to do? Turn it off right? -- or switch to another channel. You don't like any programs? -- you close your TV down, you jump up and down and say, `ahhhhh! -- what freedom!' How many of us grow up to realize that under federal law -- under FEDERAL LAW -- we own the public airways? We are the landlords of the public airways. The radio and TV stations are our tenants. Our real estate agent is the Federal Communications Commission -- what a real estate agent! The radio and TV stations pay zero for their license to make money -- you pay more for your auto license. They decide who says what on TV and who doesn't, who says what on radio and who doesn't. In effect they're saying if we don't like the way they're using our property, we can get out -- turn it off. As a result what do we have? Radio and TV: 90% entertainment and ads, 10% redundant news, and 0% mobilization.
例えば誰かが貴方に『我々は自由な国に住んでいる--------貴方はテレビ番組を見ている。』と言う。 若し気に入らなかったら------何が貴方に自由に出来るのだろうか?テレビを消す?それとも別のチャンネルに変える?貴方はどの番組も好きじゃない?-------貴方はテレビを消して、(苛々しながら)上下にジャンプしながら----アーッ!何が自由なんだ!と言う。------我々の中で何人が連邦法では-------連邦法では-------我々(市民)が空中を飛び交う電波の為の空間の所有者だと言う事を大人になって気が付くようになるのだろう?我々が電波が飛び交う空間の大家なんだよ。ラジオ局とテレビ局は我々の借家人なのだ。そして、我々の不動産業者は連邦コミュニケーション委員会なのだ。全く何と言う不動産業者なんだろう!ラジオとテレビ局は利益を得る為のライセンス(市民の所有物である空間を電波を使って営利目的に使うライセンス)に何も払っていない。あなた方は運転免許書の為にもっとお金を払っているんだよ!彼等はテレビで誰が何を発言できるか、誰が出来ないか、ラジオで誰が何を発言できるのか、誰が出来ないのかを決定する。結果として彼等は若し我々が我々の不動産について彼等の使い方が気に入らない場合、我々は見ないでいられる-------つまりラジオテレビを消すという事が出来ると言っているのだよ。その結果として我々は何を手に入れたのだろう?ラジオとテレビでは90%が娯楽番組とコマーシャル。10%が不必要に重複するニュース。そして0%が市民の動員の為に配分されている。

Now how many of you have thought we should have our own audience TV and radio network? ----------------They've kept us from becoming electronically literate. And we grow up in effect saying, Well you've got a lot of channels, you got a lot of "choice." Yeah you got a lot of choice -- you've got the Playboy channel, the entertainment channel, the gaming channel, the game show channel, the movie channel and on and on. It's all sugar my friends. Very little nutrition. Why don't we have a 24-hour citizen action channel on cable, so we learn what other people are doing?
さて!あなた方の中で何人が我々は我々自身が聴衆のテレビとラジオのネットワークを持つべきだと考えた事がありますか?----------------彼等は我々を電波的に文盲に留めてきたんだよ。それで結果として我々は大人になって『でもあなた方は多くのチャンネルを見る事が出来じゃない?貴方は多くの選択肢があるじゃない?』と言うようになったんだよ。そうだよね!確かに多くの選択肢があるよね------プレイボーイチャンネル、娯楽チャンネル、ゲームチャンネル、ゲームショーチャンネル、映画チャンネルとか何とかあなた方は見る事ができるよね!諸君これ等全ては(頭脳にとって甘いだけの)砂糖なんだよ!栄養なんか殆ど無いんだよ!如何して我々は同胞市民間のコミュニケーションが出来る為に24時間の市民の為のアクションチャンネルがケーブルテレビに無いんだろう?

So if someone's solving a problem in Kansas City that we've got here in San Francisco, we can learn -- get the addresses right on the TV, the phone numbers. A citizen action channel, so we don't take twenty-five years to learn that someone solved the problem this way -- and we're just trying to find out how to deal with it now.
と言う事は、我々がサンフランシスコでもある問題を誰かがカンサス市で解決しているのなら------我々は直接テレビから住所、電話番号を調べ(解決法を)習う事が出来る。市民の為の行動的チャンネル----------誰かが問題をこの方法で解決したと言う事を我々が25年間かけて気付く事がない様に-------そして、我々はこの問題についてどの様に対処して良いかの方法を理解しようとしている。
http://www.ratical.org/co-globalize/RalphNader/RN05.09.92.html

ネイダーは此処で公共の物である空間を営利目的に使っているテレビ局ラジオ局が、家主であるはずの市民に使用料も払わず、然も番組は市民生活には殆ど利益がないばかりでなく商品を市民に売り込む事や民意の扇動の様なニュースばかり放送している企業を非難している。そして家主(主権者)としての権利に気が付かない市民に市民自身が運営に参加出来る市民生活に役立つ放送局の重要性を説いている。

ejnews:市民が正確な情報を得られない国家は民主主義が機能せず、選挙はあっても政府が市民の為の政治を行わない民主主義の形式だけを残したPlutocracyプルトクラシーや Oligarchyオリガーキー、最近はCorporatocracyコーポレイトクラシーの様な外見だけ民主主義の様に見える政治形態になってしまう事になると言う事です。(何処かの国のようですね)
4月15日はパシフィカレィデイオネットワークと言う市民の寄付で運営されているラジオ局ネットワークの60歳の誕生日でした。このブログでもパシフィカのプログラム“デモクラシーナウ!”の翻訳も取り上げた事がありますが、このパシフィカネットワークは日本語で表現すると左派、進歩的、リベラル的な放送局のネットワークであるだけでなく、市民の寄付金によって運営されていて、日本のNHKの様に政府との関係も全く無く、コマーシャルからの利益で経営される民放と違い企業の悪事を徹底的に報道する事が出来、政府に鎖で首を繋がれてもいないので政治家には厄介な目の上のタン瘤の様な存在なのです。事実連邦警察からステーションを捜査されるなどの嫌がらせも過去にはあったようです。パシフィカをまねた日本のNHKにあたるナショナルパブリックレィディオNational Public Radio(NPR)及びテレビのナショナルブロードカスティングサーヴィスPublic Broadcasting Service (PBS)が1970年に開設ですからパシフィカを開設したルイスヒル氏が如何に独創的で、信念を持った人物であったかが伺えます。
勿論、パシフィカはニュースや政治経済の番組ではアメリカでは一番信頼出来る放送局ですが、音楽、文学、哲学(仏教や老荘思想も含めて)、医療、等でも内容の充実し、然も民放やNPRでは聞く事の出来ない主題、話題、人物等が登場します。
民主主義が機能する為には司法、立法、行政の他に健康なジャーナリズムが必要ですが、パシフィカネットワークは1949年から民主主義の重要な役割の一部を果たし続けているのです。世界的に有名なアメリカ人の反戦運動、哲学者、言語学者のノムチョムスキー、反戦運動、公民権運動、歴史学者として有名なハワードジン等多くの良心的反戦運動家、反体制思想家達は、良くパシフィカの番組に登場するのですが、彼等は民放,NPR,PBSからインタヴューされる事は全くと言って良いほど無いのです。(彼等の様に真実を語る人々の意見が市民に知られると政府、資本家に取っては非常に都合の悪い事なので)この事はマスメディアが政府企業資本の支配を受けている明白な証拠で民放、NPR,PBSの“ニュース”は確かに“ニュース”なのでしょうが“事実”ではないと言う事になのだと思います。
私はロスのパシフィカネットワーク放送局KPFKに何度か行った事があるのですがハリウッドヒルの北側、ユニヴァーサルステュディオの直ぐ近くの目に付かないパッとしない小さなビルで多くの市民ヴォランティアの協力で運営されています。当然の事ながら何時も経済的に苦しい様で、特に最近の不況で運営費の調達が難しくなっているようです。
若しパシフィカのプログラムに興味のある方は日本でもエイミーグッドマンのDemocracy Now!デモクラシーナウ!(英語の分かる方はこのサイトをヴィジットして下さい。http://www.democracynow.org/ )の翻訳を聞く事が出来るウエッブサイト( http://democracynow.jp/ )がありますから其処をヴィジットしてみて下さい。


処で民主主義と情報についてはどの様な言葉が残されているのでしょうか?

George Orwell ジョージ オーウェル曰く。
In a time of universal deceit, telling the truth becomes a revolutionary
act.
世の中が虚構欺瞞に満ちている時、真実を語る事が革命行為になる。
http://www.wisdomquotes.com/cat_democracy.html

Thomas Jefferson トーマス ジェファーソン曰く。
Information is the currency of democracy.
情報は民主主義の通貨だ。
http://www.openthegovernment.org/

James Madison ジェームス マディスン曰く( 1822 )
"A popular government without popular information, or the means of
acquiring it, is but a Prologue to a Farce or a tragedy or perhaps both.
Knowledge will forever govern ignorance; and the people who mean to be their own governors must arm themselves with the power, which
knowledge gives."
人民の為の情報の無い、若しくは(情報を)得る手段の無い人民の為の政府は茶番劇か悲劇のプロローグ、若しくは其の両者以外の何物でもない。知識(知る事、情報を持つ事)は永遠に無知を支配する。そして自分自身の政府になろうとしている者は知識が与える力によって武装しなければならない。
http://www.openthegovernment.org/

我々は自分自身を本当に愛しているのか?

Anarchism  アナキズム

From Wikipedia, the free encyclopedia
ウイキペディアによると………………………….


Anarchism is a political philosophy encompassing theories and attitudes
which consider the state, as compulsory government, to be unnecessary, harmful, and/or undesirable.[1][2] Specific anarchists may have
additional criteria for what constitutes anarchism, and they often
disagree with each other on what these criteria are. According to The
Oxford Companion to Philosophy, "there is no single defining position that all anarchists hold, and those considered anarchists at best share a
certain family resemblance."[3]
アナキズムは強制的な(中央集権)政府を不必要で害を与え、望ましくないと考える理論と態度、姿勢に及ぶ政治哲学である。個々のアナキズムは何がアナキズムを構成するのかについて上記以上の基準があり頻繁に其の基準について御互いに意見の相違がある。オックスフォード コンパニヨン フィロソフィーによると『全てのアナキズムが持つ一つの決定的なポジションは無く、アナキストと言っている人々は最善でも系統的な類似点を共有しているだけだ。』

There are many types and traditions of anarchism, not all of which are
mutually exclusive.[4][5][6] Anarchism is usually considered to be a
radical left-wing ideology,[7] and much of anarchist economics and
anarchist legal philosophy reflect anti-authoritarian interpretations of
communism, collectivism, syndicalism or participatory economics;………………
多くの種類のアナキズムの伝統があるが全てが御互いに相容れない訳ではない。アナキズムは通常急進的な左派思想と考えられていて、殆どのアナキスト経済、アナキスト立法哲学は共産主義、集産主義、協同組合主義、若しくはパティシパトリーエコノミックス(社会の構成員全員が生産消費の計画に参加する経済)について反体制的解釈の反映を示している………………………..

Anarchist Writersアナキストライターズの
http://anarchism.pageabode.com/
An Anarchist FAQ WebpageアナキストFAQ(Frequently asked questions)良く聞かれる質問ウエッブページによると……………………
Anarchishttp://anarchism.pageabode.com/afaq/index.html

What does "anarchy" mean?
“アナナキー”って如何言う意味?


The word "anarchy" is from the Greek, prefix an (or a), meaning "not,"
"the want of," "the absence of," or "the lack of", plus archos, meaning
"a ruler," "director", "chief," "person in charge," or "authority." Or, as
Peter Kropotkin put it, Anarchy comes from the Greek words meaning
"contrary to authority." [Anarchism, p. 284]
"anarchy"アナキーと言う言葉はギリシャ語が語源でprefix an (or a),接頭辞“アン”若しくは“ア”は“~ではない”“~から~が欠けている”“~の存在しない”若しくは“~の不足している”と言う意味の言葉にarchos支配者、指揮者、首長、責任者、若しくは権威者と言う意味の言葉を加えた言葉、若しくはピータークロポツキンが言った様にアナキーは“権威とは反対の”と言う意味のギリシャ語に由来している、

What is anarchism?
アナキズムとは何か?

Anarchism is a political theory which aims to create anarchy, "the
absence of a master, of a sovereign." [P-J Proudhon, What is Property , p. 264] In other words, anarchism is a political theory which aims to
create a society within which individuals freely co-operate together as
equals. As such anarchism opposes all forms of hierarchical control - be
that control by the state or a capitalist - as harmful to the individual and their individuality as well as unnecessary.
アナキズムはアナキーを創造する“統治に支配者のいない”(“プルードンの資産とは何か?”からの引用)と言う政治理論で、他の言葉では、アナキズムは個人が自由に平等な立場で協力し合う社会を創造する事を目的としている政治理論です。

In the words of anarchist L. Susan Brown:
アナキスト L.スーザン ブラウンの言葉によると:

"While the popular understanding of anarchism is of a violent, anti-State movement, anarchism is a much more subtle and nuanced tradition then a simple opposition to government power. Anarchists oppose the idea
that power and domination are necessary for society, and instead
advocate more co-operative, anti-hierarchical forms of social, political
and economic organisation." [The Politics of Individualism, p. 106]
『一般的なアナキズムについての理解は暴力的な反政府運動と言う事ですが、然しアナキズムは単純な政権の権力に対する反対(と言う解釈)と比べてもっと微妙でニュアンスのある伝統なのです。アナキスト達は権力と支配は社会にとって必要だと言う考えに反対しているのです。其れに替わって、より多くの相互協力や社会、政治、経済組織の反階級制を主張しているのです。』(“個人主義的政治”の106ページより)

What does "anarchism" mean?
“アナキズム”とは如何言う意味か?


To quote Peter Kropotkin, Anarchism is "the no-government system of socialism." [Anarchism, p. 46] In other words, "the abolition of exploitation and oppression of man by man, that is the abolition of private property [i.e. capitalism] and government." [Errico Malatesta, Towards Anarchism,", p. 75]
Anarchism, therefore, is a political theory that aims to create a society which is without political, economic or social hierarchies. Anarchists maintain that anarchy, the absence of rulers, is a viable form of social system and so work for the maximisation of individual liberty and social equality. They see the goals of liberty and equality as mutually self-supporting. Or, in Bakunin's famous dictum:
"We are convinced that freedom without Socialism is privilege and injustice, and that Socialism without freedom is slavery and brutality." [The Political Philosophy of Bakunin, p. 269]
ピータークロポツキンを引用するとアナキズムは“非政府的システムの社会主義”と表現されていて、別の言い方をすると(マラテスタによると)“人間による人間に対する搾取と圧制(圧政)を排除する事で、其れは私有財産と政府の排除と言う事だ。”
と言う事で、アナキズムは政治的、経済的、社会的な上下階級の無い社会を構築する事を目的とする政治理論です。アナキスト達は支配の存在しないアナキーは実現可能な社会システムで個人の自由と平等な社会を最も拡大を主張している。彼等は自由と平等の最終目的は御互いに自立すると言う事と見ていて、バクーニンの有名な声明によれば:
『社会主義の無い自由は特権と無正義で、自由の無い社会主義は奴隷制と暴虐だと我々は確信している。』

The history of human society proves this point. Liberty without equality is only liberty for the powerful, and equality without liberty is impossible and a justification for slavery.
人間社会の歴史はこの点を証明していて、平等の無い自由は単なる強者の自由で自由の無い平等は不可能で奴隷制の為の言訳である。

ejnews:では如何してアナキズムは誤解されているのでしょうか?

アナキズムが如何して誤解されているかと言う理由についてソースワッチはこの様に説明しています。

Anarchism is a philosophy advocating the abolition of all forms of hierarchical authority, including capitalism and the state. Anarchists advocate the organization of society by voluntary non-hierarchical associations instead of hierarchical organizations such as corporations and the state. A constructive definition could be: voluntary cooperation for the good, with the right to secession. Anti-anarchist propaganda has succeeded in equating anarchism with chaos, violence and bomb-throwing in the public mind but this is a misrepresentation of anarchism - an example of a highly successful smear campaign based on libel and slander.
Some piggyback on these smears and attempt to discredit other ideas and movements by describing them as anarchist. It is sometimes used as a simple smear term, as part of libel and slander efforts against groups that have other goals.
アナキズムは資本主義や国家政府を含む全ての階級的権力の排除を提唱する哲学です。アナキスト達は企業や国家政府の様な階級的組織に替わって個人的自由意志の非階級的団体で組織された社会を提唱しているのです。構築的な定義は:“正しく良い事の為の自由意志での協力”と言えるかもしれない。アンチ-アナキスト プロパガンダがアナキズムをケオス(混沌)、暴力、爆弾を投げる事(様なテロ行為をする思想)等と同様の物だと民衆に思い込ませる事に成功したのです。然し其れはアナキズムを偽って説明している物で、其れは誹謗中傷に基づいた非常に成功している誹謗妨害なのです。
ある人々や団体はこの誹謗中傷妨害行為に同乗し他のアイデアや思想運動を無価値な物とする為にそれらの事をアナキズムだと説明しています。其れは時々、関係の無い目的を持つグループを誹謗中傷する行為の一部として単純な誹謗の為の言葉として使われています。

ejnews:今アメリカでは金融危機が原因のリセッション(或いはディプレッションだと言っている人も多い様です)によりホームレス人口は増大し、銃砲火器を使った自暴自棄の殺人、将来に希望を失った為の自殺、一家心中を考える人が増えていているようです。此れは金融資本中心の資本主義社会では避けられない悲劇で、今後生き残る金融企業の数が少なくなれば独占が拡大し、好景気、景気崩壊のサイクルは短くなり、其の度に社会の底辺から上部の富裕層への富の移動集中が強まると予想されています。残念ながらある特定の短絡的な思考しか出来ない人々の中には資本主義が機能しないのは企業が法律に縛られて自由競争が出来ないからだと主張し、政府が全ての悪の根源で全ての政府の機能は民間企業に売り払うべきだと言うアメリカのロン ポールに代表されるリバタリアンの様な強者中心思想(ソシアル ダーウィニスト)を支持する人々も多くなっているようです。彼等は政府を必要としないと言う主張ではアナキスト(リバタリアン-ソシャリスト)と類似していると受け止める人も居るようですが実際には全く違った思想で、アナキストは中央集権的政府は全ての地域集団、共同体に当て嵌める事は出来ないと考える思想で、簡単に言うと地域環境、経済的歴史的発展状況に応じた肌理の細かな地方自治が必要だと言う事が特徴です。アナキズムでは人間は皆平等で、中央集権政府は人間を軍隊の様な権威的社会に閉じ込め、階級社会を作り出すと言う理由でアナキスト達は反対しているのです。資本主義社会では企業は上下関係がハッキリした軍隊と同じ階級社会を形成する利益を追う事だけが目的の集団で、彼等の利益追求行動により現在の経済破綻の様な社会悪を起こす原因だと考えられています。アナキスト達はこの様な階級的形態の企業にも反対しています。人間の必要とする製品製造をする会社は必要ですが、会社で働く全ての人が平等に経営に参加出来る集団でなくてはならないとされています。(例えば病院で掃除を担当する人が医者と同じ平等な立場であれば彼等は熱心に掃除をし病院は清潔になり院内感染の様な事は起こり難いと考えられます。如何なる差別も差別であれば社会機能を害するのです。)
 
人間は太古の原始時代から現在のスーパーキャピタリズムの時代まで社会システムを変化させながら生存して来ました。石器時代の人間は鉄器時代の人間とは全く違った社会機構の基で生きていました。中世の人間の生きていた社会は近代の人間が生きていた社会全く違った物でした。現在は資本主義の価値観が人類社会の基準となっている社会に我々は住んでいるのです。人類は我々の住む社会を常に変えながら生きて来たと言う事なのです。つまり若し社会に改善の余地があるのなら我々は社会を改善する能力を持っていると言う事なのです。我々が幸福になれる社会を造る能力を我々は持ち合わせていると言う事なのです。

マハトマ ガンジー 曰く

As human beings, our greatness lies not so much in being able to remake the world - that is the myth of the atomic age - as in being able to remake ourselves.

『人間としての我々の偉大さは、原子力時代の伝説である“人類は世界を変革する事が出来ると言う能力”によっているのではなく、“我々自身を変革する能力”によっているのです。』


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