Joseph Cornell
ジョセフ コーネル




Joseph Cornell (December 24, 1903 – December 29, 1972) was an
American artist and sculptor, one of the pioneers and most celebrated
exponents of assemblage. Influenced by the Surrealists, he was also an
avant-garde experimental filmmaker. He was born in Nyack, New York, to Joseph Cornell, a well-to-do designer and merchant of textiles, and Helen TenBroeck Storms Cornell, who had trained as a kindergarten teacher.
The Cornells had four children: Joseph, Elizabeth (b. 1905), Helen (b. 1906), and Robert (b. 1910). Both parents came from socially prominent
families of Dutch ancestry, long-established in New York State. Cornell's
father died in 1917, leaving the family in straitened circumstances.
Following the elder Cornell's death, his wife and children moved to the
borough of Queens in New York City. Except for the three and a half
years he spent at Philips Academy in Andover, Massachusetts, Joseph
Cornell lived for most of his life in a wooden frame house on Utopia
Parkway in a working-class area in Flushing, Queens. He lived there
with his mother and his brother Robert, who was disabled by cerebral
palsy.Cornell attended Phillips Academy, Andover, in the Class of 1921,
although he did not graduate.
ジョセフコーネル(12月 24日, 1903 – 12月29日, 1972)はアメリカの芸術家、又彫刻家、で最も著名なアッセンブラージの開拓者で提唱者の一人です。シュールレアリストに影響され、そして実験的前衛フィルムメイカーでもありました。彼はニューヨーク州ナイヤックで裕福なデザイナーでテキスタイルの商人のジョセフコーネルとキンダーガーデンの先生として訓練を受けたヘレンテンブロエックストームコーネルの間に生まれました。コーネル家には4人の子供達がいてジョセフ、エリザベス(1905年生まれ)へレン(1906)そしてロバート(1910)でした。両親共に長くニューヨーク州に基盤を持つオランダ人を先祖に持つ社会的に上流階級の出身でした。コーネルの父親は1917年に他界し家族は経済的に苦しい状況に陥りました。父親コーネルの死の後、妻と子供達はニューヨーク市クイーンズ付近に移住しました。マサチューセッツ州アンドヴァーでのフィリップスアカデミーでの3年半以外はジョセフコーネルはクイーンズの労働者階級の地区フラッシングのユートピアパークウエイの木造の家で人生の殆どを過ごしました。彼は其処で母親と脳性麻痺で身体の不自由な弟ロバートと暮らしました。コーネルはアンドヴァーのフィリップスアカデミーの1921年のクラスに在籍しましたが卒業はしませんでした。

Sculpture and collage 彫刻とコラージュ

Cornell's most characteristic art works were boxed assemblages created
from found objects. These are simple boxes, usually glass-fronted, in
which he arranged surprising collections of photographs or Victorian
bric-à-brac, in a way that combines the formal austerity of
Constructivism with the lively fantasy of Surrealism. Many of his boxes,
such as the famous Medici Slot Machine boxes, are interactive and are
meant to be handled.
コーネルの最もコーネルらしい作品群は何処からか見付けられてきた物で構成された箱入りのアッセンブラージュです。これ等は簡単な箱で普通ガラス張りになっていて、其の中に彼は驚く様な収集された写真、若しくはヴィクトリア調のごた混ぜの小物を形式的な構成主義の厳格で禁欲的な表現とシュールレアリズムの息衝いている様なファンタジーを混ぜあった様な仕方で並べています。有名なMedici Slot Machine boxes(メディシスロットマシンボックス)様な多くの彼の箱はインターアクティヴで手で触って楽しむ様に意図されています。

Like Kurt Schwitters Cornell could create poetry from the commonplace. Unlike Schwitters, however, he was fascinated not by refuse, garbage,
and the discarded, but by fragments of once beautiful and precious
objects he found on his frequent trips to the bookshops and thrift
stores of New York.[4] His boxes relied on the Surrealist technique
of irrational juxtaposition, and on the evocation of nostalgia, for their
appeal. Cornell never regarded himself as a Surrealist; although he
admired the work and technique of Surrealists like Max Ernst and
René Magritte, he disavowed the Surrealists' "black magic," claiming
that he only wished to make white magic with his art. Cornell's fame
as the leading American "Surrealist" allowed him to befriend several
members of the Surrealist movement when they settled in the USA
during the Second World War. Later he was claimed as a herald of pop
art and installation art.
カート シュヴィターズの様にコーネルは日常的な物から詩を創り上げる事が出来たのです。シュヴィターズとは違って彼は屑、塵、そして捨てられた物にではなく、彼の頻繁に訪れたニューヨークの本屋さんや古道具屋さんで見付けた、昔一度は美しく掛け替えの無い大切だった物の断片に彼は魅せられていたのです。彼の箱の魅力はシュールレアリストの非論理的な並列展示技法、追憶の表現、に起因しています。シュールレアリストのマックス エルンストやルネ マグリットの作品や技法を尊敬していたにも拘らず、コーネル自身はシュールレアリストだと自分の事を一度も捉えてはいず、彼は唯“ホワイト マジック”を彼の芸術で創造したいだけだと宣言し、シュールレアリスト達を“ブラック マジック”だと否定していました。コーネルのアメリカのシュールレアリストとしての名声がシュールレアリスト ムーヴメントの数人の中心的な役割を負っているムーヴメントのメンバーの達と彼等が第二次大戦中アメリカに定住した時に友人になる事を可能にしました。後にコーネルはポップアートとインスタレーションアートの先駆者として主張される様になりました。



It is speculated that Cornell first made his toy-like artworks to amuse his brother who was confined to a wheelchair and cared for by Cornell. He
filled them with all sorts of ephemera, of which he was an avid collector. Cornell was known to haunt old book and print shops and junk stores
during his daily trips to Manhattan, and he had extensive collections of
old photographs, recordings, movies, opera librettos, souvenirs, and
other memorabilia. He was enamoured of all forms of theater and was
well read in literature and poetry.

ejnews:随分昔の事になりましたがロスの或るアート コレクターを知っていた時期がありまして、其処でジョセフ コーネルの作品を始めてじっくりと長い時間誰にも邪魔されずに見る事が出来たのですが、コーネルのボックスを見ていると子供の時に百科事典や御祖父さんの本棚の昔の本等で過ぎ去った昔の写真を見ていた時や、大人の世界や社会を子供の目で見ていた時の感覚が舞い戻ってくる様な摩訶不思議な感覚を感じている自分に良く気が付いた物でした。私にとっては彼の作品は芸術と呼ばれなくても一向に構わないように感じますが芸術と呼ばないと名前の付け様の無いものがコーネルのボックスなのでしょう。この私の知っていたコレクターの話によるとジョセフ コーネルはコレクターの性格が気に入らないと作品を売らないと言う様な気難しい芸術家だと言っていました。(じゃあ如何してこのコレクターがコーネルの作品を持っているんだろうと私は不思議に思いましたが、勿論、口に出すほどの間抜けではありませんでした。)彼はアートフィルムでも有名でしたが、或る彼の展覧会でアートフィルムの上映をした所、観客の中にサルバドール ダリがいて上映の後公衆の面前で『こんなのはアートじゃない!唯映画のフィルムをシュールレアリズムの手法で継接ぎしただけだ!』とか何とか言って大声でコーネルを非難したそうです。あのダリですよ!お金の為には映画の背景まで描いていたダリがですよ!(Spellbound“白の恐怖”ヒッチコックの映画でダリがアートを担当した)内気で気の優しいコーネルは以後アートフィルムの上映を控える様になったと言う話も残っています。 コーネルのアートフィルムの興味のある方はJoseph Cornell art filmでyoutubeで見つけられると思います。写真はこの前サンフランシスコの現代美術館に行った時の物です。
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